見出し画像

短編小説 #008 | ギャル純文学 (ギャルと純文学シリーズ)


- 1 -

書けぬ。

ペンを置く。

男は塵芥川ちりあくたがわ賞に応募するために小説を書いていた。塵芥川ちりあくたがわ賞は優れた純文学作品に与えられる賞で、その受賞は永きにわたり小説めいたものを書いている男の積年の望みであった。

男が書こうとしている小説は、明治的なダンディズムを持つ古風な小説家の青年と、令和時代に生息するギャルの純愛物語である。

男はその小説中の作家と自分を重ね、若くてピチピチ(死語)でおっぱいでかいギャルとの蜜月みつげつを想像し、それを純文学的な小説に落としこもうとしているのであった。

つまりはモテない小説家志望の三十男がマスターベーションにもちいるような、妄想じみた願望小説なのである。

ギャル風に表現しよう。

キモい。

***

しかし、男は書けぬのであった。いや、正確には書けない箇所があった。

ギャルとの会話である。ギャルの生態である。かの生物はどんな風に話し、何を食い、何を見て、何で笑い、どのような生殖活動でもって繁殖するのであろうか。

その生涯においてギャルと接した事のない男にとって、それはまるで人類が未だ遭遇したことのない、未知の火星生物の生態に等しい不思議なのであった。


- 2 -

そのようなわけで、男はギャルの生態を調査する必要に迫られた。

全ては小説の為、ひいては己のアイデンティティの為である。ギャルと文豪。このタイプの全く違う男女がひとつに繋がる物語は、純文学の世界に旋風を巻き起こすものと男は硬く信じて疑わなかったのだ。

そして何よりも、男はギャルが好きであった。3度の飯よりギャルが好きなのであった。朝昼晩とギャルでも良いのであった。

ギャルと接した事がないのに好きかどうかなんて解るはずがない、と賢明な読者諸君は仰るだろう。実にもっともな意見だ。

しかし、そんな読者諸君には、フランスのパリに憧れる若い娘を想像して頂くとしよう。

パリなど行ったことなどない娘だ。雑誌や旅行書や映画で観ただけの花の都パリ。田舎の建設会社で現金出納すいとう帳なんかをつけている平凡な事務員である娘は、パリを夢に見るほど憧れているのだ。凱旋がいせん門、エッフェル塔、シャンゼリゼ通り。娘にとっては、憧れの風景がたとえ脳内のつまらぬ妄想であったとしても、パリは途轍とてつもない閃光を放つ夢の都市なのである。

それと同様、いや、それ以上に、男にとってのギャルは芳醇ほうじゅん薔薇ばらの香りに包まれて燦然さんぜんと光り輝く、夢のベルサイユ宮殿なのであった。

もういちど言おう。

キモい。


- 3 -

男が目をつけたのは夜の街であった。女性が接待サービスをしてくれる店であった。キャバクラというタイプの店であった。

その店をおとなうのは、男が小説の中で思い描いた純愛ではなかった。しかし、男はカネの力を介在させてでもギャルの生態を知る必要があったのだ。そして、ギャルを見つめ、接触し、できればペロペロしたかったのである。

しかし無理だ。男は思った。ペロペロまでは無理だ。しかし男は期待した。脳内ではペロペロしていた。ペロペロの文学的表現が見つからず、男は己の未熟を嘆いた。しかし問題はなかった。どうせ男にはギャルをペロペロなんて出来るはずがなかったからだ。

そして決してペロペロなどしてはならぬのであった。純愛。純文学。その深淵しんえんたる概念にペロペロなど不要であった。男は決然とペロペロをその筆案から追い払った。深呼吸した。しかしなおも男はペロペロしたかった。

インターネットで見つけたその店の名は『キャバクラ幕府』。多数のギャルが在籍するとの記載があったその店に、男は大いなるチャンスの匂いをかいだのだった。

チャンス。なんのチャンスであろうか。ペロペロ?いや違う。男の底知れぬ暗黒の深潭しんたんを覗きこみ、その底に溜まった渇望をすくいあげてえがくチャンスだ。奈落の中ほどに引っかかり、昇ることも落ちる事も叶わぬ男にとって、それは孤独の壁をよじ登り、自己表現という地上へ降り立つ為の辛苦しんくでもあった。ペロペロしたい。


「え、えと、あの…こ、この子を指名で…」


男は黒服にギャルの中でも特にギャルギャルした若い娘を指名した。ホワイトブロンドのハイライト、バッサバサのつけまつげ、家事など一切できそうにないネイルチップ。その姿はまさに男の夢のベルサイユ宮殿に佇むマリー・アントワネットであった。


「こんばんは~!リリちゃむで~す!」


男の席に現れたギャルはそう名乗った。なんてこった。ギャルだ。紛うことなきギャルだ。男は括目した。驚愕した。もう一度言う。ギャルだ。男は括目した。驚愕した。そしてもう一度驚愕した。おっぱいでかい。


「頂いてもいいですか~?」


ギャルが何か言った。いただく?頂くってなんだ?おっぱいか?ペロペロか?いや違う。ドリンクだ。『ドリンクおごってや~』と、こうギャルは言っているのだ。「ど、どうぞ…」言った。言えた。ギャルと口を利いた。


「ありがとうございま~す!」


リリちゃむと名乗るギャルは、ボーイから飲み物を受け取ると、「はじめまして~」と言いながら、男のグラスに自分のグラスをぶつけてきた。ちぎりである。さかずきである。義兄弟である。いや違う。乾杯だ。単なる乾杯だ。


「おに~さんは、何してる方ですか~?」


ギャルは男に話しかけてきた。男は戸惑った。何してる?キャバクラでギャルと一緒に酒を飲んでいる?実はペロペロしたがってる?いや違う。仕事だ。このギャルは男がどんな仕事をしているのかを聞いているのである。


「あ、えーと、しょ、小説を…」


「え…?しょうせつ…」


ギャルが一寸ちょっと不快な顔をする。何か小説家に不快な想いでもあるのか、と男は思う。いや、しかし違うだろう。男は思い直す。このギャルは小説家という職業の、あまりの高尚さに驚き、そして戸惑っているだけだ。そう考えた男は、ふいに自信を取り戻し、突如として饒舌じょうぜつになるのであった。


「じゅ、純文学って知ってるかな…難しい言葉を使って、人の心の奥のことを書く小説でね。ぼくはね、そういうのを書いていて、ここにはね、しゅ、取材で来たんだ」


ギャルは無表情のまま口だけ笑顔を作り、「わ~、そうなんですね~」と言う。


「でも今って~。みんな読むより書く方が好きなんじゃない?」


何を言っているのだこのギャルは、と男は思った。読むより書く方が好き?高尚なる純文学を誰にでも書けるわけがないではないか。純文学は人生の苦しみや行き詰まりを知り、様々な書物を読んで、数々の艱難辛苦かんなんしんくを経た者だけが書くことができる、選ばれた者の高尚な創作活動なのである。書くのが好きだからといって書けるようなものではない。と、男はそのような意味の言葉を早口にまくし立てた。


「みんな書いてるじゃん?インスタとかツイッターとか、他のサイトとかで。本を読む人より、そーゆーので書いてる人が多いから、がんばって書いても、読むひと少ないかも?」


男は頭に血が上っていくのを感じた。なんだこのギャル。小説家に恨みでもあんのか?


「あ、ごめんね~。楽しく飲も~!」


リリちゃむを名乗るギャルはおもねるように男に身を寄せ、グラスに残ったドリンクを飲み干した。そして「もう一杯頂いていいですか?」と、男に可愛い笑顔を向ける。


「え?い、いいよ」


男は先程までの怒りを忘れ、身を寄せて来たギャルの胸の谷間をこっそりと覗き見る。そしてニヤニヤしながら、憧れのギャルの香りをその鼻孔で吸いこみ、その肺を芳醇ほうじゅん馨香けいこうで満たし、自らの赤血球でもってそのエッセンスが全身にゆき渡ることを願うのだった。


- 4 -

後日、小説を書くべく机に向かっていた男は、その方向性を変えていた。

無理だ。ギャルと文豪の純愛は無理だ。噛みあわないのである。まったくもって噛みあわないのである。ドッジボールの球でゴルフをプレイするようなものだ。どんなテクニックを駆使したとしても、カップにボールは入らない。

それでも男にとって、相変わらずギャルは輝くベルサイユ宮殿でたたずきらびやかなドレス姿のマリーアントワネットであった。憧れは変わらなかった。それどころか、現実のギャル『リリちゃむ』にぐうした事で、火星生物は男の住む惑星に着陸し、新たなる未知のテクノロジーを人類に授けていったのであった。

確かに男の財布はカラになった。リリちゃむは嫌がらせの如く執拗なまでにドリンクのお代わりを要求し、気がつけば男は交通費までもをその懐中からむしり取られ、12駅分の距離を歩いて帰ってきたのであった。

しかし、解った。塵芥川ちりあくたがわ賞に応募する小説の方向性は、完全に固まった。

この苦悩を。渇望を。そして憧れを。そうだ、この狂信的ともえるギャルへの想いを、そのまま書けばいいのだ。

男の精神は狂わんばかりにギャルに恋い焦がれているのであった。しかしその精神はリリちゃむに恋い焦がれていたわけではない。男はギャルという偶像そのものを崇拝し、渇望し、身の底からそれを欲しているのであった。

その渇望は男に日に7回ものマスターベーションを行わせていたのである。実は7回でも足りなかった。そして7回目には水みたいなものしか出ないので、男は不安になり、健康の為に納豆とか山芋とか、粘り気のある食品を好むようになったのだが、それは置いておこう。

ともかく、男が恋い焦がれているのはギャルという偶像にすぎぬゆえに、その望みが叶うことは絶対になかった。それがまた男をさらなる絶望と興奮に導き、男は8回目にチャレンジする勇気を得るのであった。

男は書いた。絶望と渇望を。それから回数も。

***

数ヶ月後。塵芥川ちりあくたがわの候補作が発表された。

男の名前はその末端に掲載された。そして名前とタイトルが記された脇には、男の憧れの作家からの講評が記載されていたのだった。

講評:キモい。


(2026/02/17)


ギャルと文豪シリーズ