トゥモローゲートという最高の会社を辞めてまで、僕が独立して「勝継屋」を立ち上げた理由。
6歳の甥っ子がくれた問い
僕には、6歳になる甥っ子がいます。(写真は当時2歳ごろ)
彼は、世界でもまだ数例しか確認されていない難病を抱えて生まれてきました。
一度も歩いたことがなく、喋ったこともありません。
でも、生きています。笑っています。驚くほどに力強く、幸せそうに。
彼を見ているうちに、こう思うようになりました。
自分は、歩ける。喋れる。働ける。お酒も飲める。
それなのに、自分の幸せだけを追いかけていていいんだろうか?
「僕が生きる意味ってなんだろう?」という問いは、
やがてこう変わっていきました。
トゥモローゲートと僕の7年半

僕は新卒で、トゥモローゲートという会社に入りました。
クリエイティブとコンサルティングの力で、世の中の会社を面白くしていく。
そんな理念と文化に、心の底から共感していました。
ありがたいことに、東京支社の立ち上げも任せてもらい、会社の看板を背負って働く経験もさせてもらいました。
いまの僕のスキルや考え方、仕事に対する姿勢は、ほぼすべてこの会社で育ててもらったものです。
僕は今でも、トゥモローゲートの一番のファンです。
ただ、そんな僕の中で、どうしても見過ごせなかった「もう一つの問い」がありました。
「世界一変わった会社」と「僕が捧げたい未来」
トゥモローゲートが掲げる「世界一変わった会社を創る」というビジョン。
僕は、この言葉に本気で共感し、本気で人生を捧げてきました。
そして今でも、この言葉が誰かの人生を変える力を持っていると信じています。
でも、僕自身が命を使う先として選んだのは、少しだけ違う方角でした。
僕が見たい未来は、甥っ子のような存在が、安心して暮らせる物心両面で豊かな日本をつくりたいと次第に思うようになりました。
もともとは自分が数千万円を稼いだり、いい家に住んだり、自分自身の豊かさを追いかける生き方しか想像していなかったです。
でも、そうじゃない。
甥っ子を通じてそう感じる機会が少しずつ増えていきました。
そのためには、この国がもう一度、豊かで、誇れる国でなければいけない。
自分や自分の会社の成長ではなく、この国に暮らす人の「未来」を守るために、人生を使いたい。
偉そうに聞こえるかもしれないし、いきなり飛躍をした話に聞こえるかもしれないですけど、今からこれからの人生を捧げて何をすべきなのかを考えていく中で、そう思うようになっていきました。
僕が人生をかけて実現したいこと
国内の人口は確実に減っていきます。
つまり、国内需要を守っているだけでは、もう豊かにはなれません。
じゃあどうするか?
世界に通用する企業と一緒に、外貨を稼ぐ。
そのための「組織づくり」「海外売上比率」を上昇を出口にした事業づくりを、全力で支援していく。
これが、僕のやるべき仕事だと思いました。
ありがたいことに、すでに数社の企業と、そういったプロジェクトを始めています。

いま、僕は「勝継屋(かつぐや)」という会社をやっています。
僕のビジョンは、たったひとつ。
「日本を、もう一度クライマックスへ。」
日本という大きな枠組みを最高潮(クライマックス)にするために、
命を捧げることが自分自身に課された使命なんだと確信しています。
このNOTEが、どこまで届くかはわかりません。
でも、もしここまで読んでくれたあなたが、「ちょっと話してみたい」と思ってくれたなら。
ぜひ、気軽にDMしてください。
僕たちが描く「再び誇れる日本」を、あなたと一緒につくっていけたら、最高です。
最後に
東京で支社を立ち上げたとき、正直こう思ってました。
「やっぱり東京が一番だな」と。

でも、地方で企業の話を聞き、現場を見ていくうちに、価値観が大きく変わっていきました。
実は、地方の企業のほうが「外貨比率(=海外売上)」が高いんです。
つまり、地方のほうが、世界とつながってる。
ただ当の本人たちは「自分たちなんて」と自信をなくしている。
でも実態は、世界に出られる力も、想いも、地に足のついた現場力もある。
それに気づいたとき、僕はポテンシャルの溢れた地方企業を“日本の希望”に変えていきたいと思いました。
福成浩之(株式会社勝継屋 代表)
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