あ 15話
バザー翌朝2・男
壁の時計を見あげる娘。
リビングへ駆ける。
リモコンを握り、テレビに向ける。
テレビの前で踊り出す。
「お騒がせしました」
とぼく。
消防士四人と玄関先に出る。
防火服の反射テープに朝日。
表の道。
消防車が遠ざかり、散歩中の犬が近づいてくる。
犬が電柱に向かって吠える。
「うわっ」
と飼い主。
電柱の前で一瞬立ち止まり、足早に去っていく。
犬も駆け足で去る。
アスファルトの上、電柱から人の影が伸びている。
ぼくは忍び足で近づく。
電柱の裏。
もわっと広がったおかっぱ頭。
水色のパジャマ姿。
気をつけの姿勢で電柱と向かい合っている。
「林さん」
と呼ぶ。
林さんは動かない。
「こっち向いてくれる?」
とぼく。
小さく首を縦に振る林さん。
踵を支点に、ぺたぺた、つま先をぼくに向ける。
向かい合う。
林さんはチラッとぼくを見る。
小さく会釈する。
湿気った毛先が頬に貼りつく。
「大丈夫?」
と訊く。
「……」
林さんの口が小さく開いた。
耳を澄ませる。
林さんがぼくを見る。
目が合う。
林さんの黒目。
左へぶれる。横線。残像。
よろける林さん。
膝を屈め、林さんを受け止める。
肩に林さんのおでこが乗る。コツッ。
おでこの汗でTシャツが湿る。
温かい。
「あ」
か細い声。
林さんが顔をあげる。
ぼくの肩から離れる。
肩だけ涼しくなる。
ぼくは林さんを見る。
前髪がバサバサ。
林さんの唇。
震えている。
林さんの両手を握る。
震えている。
「林さん」
呼ぶ。
林さんは虚ろな目でぼくを見、微笑む。
えくぼ。
も震える。
「おかあしゃーん」
どこからか泣き声。
振り向く。
誰もいない。
「あ」と林さん。
太い声。
林さんがぼくの手を払う。
目を大きくひらき、辺りを見回す。
「おかあしゃーん」
泣き声。
さっきより近くに聞こえる。
二十メートル先のT字路。
アスファルトに影が伸びる。
角の塀の向こうから、女の子が現れる。
歩く足もと、赤い水玉模様の靴下。
靴を履いていない。
大口を開けて泣く女の子の顔。
前歯のない歯茎。
左頬のえくぼ。
たぶん、林さんの娘。
「あ」
母の声。
林さんが駆け出した。
もわっと広がったおかっぱの髪。
揺れる。
女の子も駆け出す。
小股。
「犬の糞禁止!」の看板の前。
女の子は林さんに抱きつき、林さんの腹に顔を埋める。
林さんは女の子を抱きかかえる。
よろける林さん。
「あ」とぼく。
一歩踏み出す。
立て直す林さん。
歩き出す。
アスファルトの上、体一つ、頭二つの影。
遠ざかっていく。
すずめが電線に並んでいる。
斜め上に、太陽。
二人はT字路を曲がる。
角の塀の向こう、二つの頭の影が残る。
すぐに見えなくなった。
