双葉郡を拠点に作る 新たな女子サッカーチームの形
大熊町・双葉町・浪江町の双葉郡3町を拠点に、2025年に立ち上がった女子サッカーチーム「FUKUSHIMA WWW.(ウィーアー)」。運営するのは、READY SOCIAL株式会社代表取締役の佐藤夏美さんです。
佐藤さんは家族とともに大熊町に移住し、「地域に応援されるチーム」をゼロから立ち上げました。スポーツとまちづくりをどう結びつけ、どんな未来を描こうとしているのか。
そして、今を生きる高校生へのメッセージを伺いました。
「スポーツを通じた地域活性化」の可能性に気付く
佐藤さんは福島県桑折町の出身。宮城県の高校に進学し、初めはソフトボール部に所属するも途中で女子サッカーに転身。大学でも選手として活躍し、卒業後の進路としてサッカー選手になることも考えました。しかし当時の女子サッカー選手の年収が低かったことから、選手になる道を断念し、首都圏でアパレル業界や税理士事務所、インテリアデザインなど様々な職種を経験しました。
そんな佐藤さんにとって、大きな転機となったのが2011年の東日本大震災です。震災を経て、故郷の福島に戻り、佐藤さん自ら郡山市で土木建設会社を立ち上げ、除染作業に携わります。
これが最初の起業で、佐藤さんが29歳の時のことでした。スコップも持ったことがなかったという佐藤さんでしたが、「当時はやりたいことよりも、やらなければならないことに取り組んでいました」と振り返ります。
土木建設会社を7~8年続けた後、出産を機に佐藤さんは子育てと両立しやすい事業を考えます。仙台市を拠点に広告事業を始め、日本を視察したい中国のサッカーチームの受け入れを行いました。佐藤さんにとって、久々にサッカーに関わる仕事をする機会でした。
当時は新型コロナウイルスが流行する前で「インバウンド観光」が盛り上がっていたころ、海外のサッカーチームが単に日本に来てサッカーをすることだけではなく、地域の文化に触れたり、地域の産品を買ってもらえる体験をすることができれば、地域も盛り上がると感じた佐藤さんは、「スポーツを通じた地域活性化」の可能性を感じ、ご自身でも地域活性化について勉強したり、国内各地を自分の足で見に行くようになりました。

「地域に応援される」サッカーチームを作る
国内の地域づくりの事例を見に全国各地に足を運んでいた佐藤さん。特に印象的だったのが、宮崎県都農町を訪れたときの光景でした。
町の名前が「農の都」というくらい農業が盛んなこのまちには「ヴェロスクロノス都農」という男子サッカーチームがあり、所属する選手たちは「地域おこし協力隊」として地域活性化に関わったり、地域の企業で働いたり、農家を手伝うなど、まさに地域に溶け込みながらサッカーをしていました。
そんな選手たちを、地域住民も応援していました。人口11,000人の町で、2,500人から3,000人がスタジアムに足を運ぶ。普通ならユニフォーム姿の観客が多いはずなのに、ここでは、農作業着姿の観客も目立ち、駐車場には軽トラックが止まっている。サッカーが地域に溶け込んでいる光景を見て、佐藤さんは衝撃を受けました。
「選手たちが地域活性化に関わりながらサッカーを続け、地域からも応援される、そんなサッカーチームを作りたい」。
そう思った佐藤さんは、東北で女子サッカーチームを立ち上げる場所を探し始めました。

FUKUSHIMA WWW.の誕生
そんな中、佐藤さんは、仕事で福島県の双葉郡の移住・定住事業に携わるようになります。そこで、この地域に企業は進出しているものの「働く人がいない」という課題を知ります。「ここにチームを立ち上げて選手を移住させれば、人手不足という大きな課題も解消できる」と考えました。

加えて、周辺地域にはプロスポーツチームがなく、女子サッカーチームが認知されやすいという利点もありました。他のエリアであれば野球、サッカー、バスケットボール…などの有名スポーツチームがありますが、双葉郡であれば競合するスポーツチームは多くありません。
加えて、この地域では震災前まで東京電力女子サッカー部の「マリーゼ」が活動しており、女子サッカーを認知しているという土壌もありました。
佐藤さんは原子力災害による町民の避難を経験し、今後復興が求められている「大熊町、双葉町、浪江町」を拠点にチームを立ち上げることを決めました。
そして2025年春に立ち上がったFUKUSHIMA WWW.(ウィーアー)。チーム名には「We are」(地域とともに)という思いを込めました。
選手たちはもともと全国の女子サッカーチームでプレーしていた選手たち。監督やコーチも国内トップレベルのチームの指導経験を持ちます。チームの練習は、地域の子供たちが通う学校「学び舎ゆめの森」のグラウンドや起業家たちが集う「大熊インキュベーションセンター」に隣接する「OICスマイルフィールド」など、地域の方々が見学しやすいところで行っています。いずれも全面人工芝のグラウンドで恵まれた練習環境です。また、地域での交流イベントや子供たちにサッカーを伝える活動も積極的に行っています。

そして選手やチームのスタッフは双葉郡内の企業で働きながら、地域の復興に取り組んでいます。中には、スタディツアーのガイドとして、震災当時のお話を福島の外から来た方々に伝えるという役目を持つ選手も。県外出身の選手で、FUKUSHIMA WWW.に所属する以前は震災についてあまり知らなかったという選手が、涙ながらに震災当時のお話を語ったそうです。佐藤さんは「私たちとの試合で福島を訪れた全国のチームにも、震災のことを伝えていきたい」と話します。

「以前所属していたチームでは、あまり地域の方から応援してもらうことが多くはなかったのに、ここではこんなに受け入れてもらえるなんて」と喜びを実感している選手も数多くいるといいます。
また、2025年の「皇后杯JFA第47回全日本女子サッカー選手権福島県大会」では、県内の社会人チームに快勝し、東北大会出場を決めました。目指すは3年後の「なでしこリーグ」参入です。
佐藤さんは「地域住民と一緒に笑い、泣き、一喜一憂できるチームでありたい」と語ります。スポーツの力で地域の誇りと活力を取り戻す――そんな未来を浜通りから描いています。

高校生へのメッセージ
これまで様々なことにチャレンジし、現在も浜通りからスポーツを通じてまちづくりに挑戦されている佐藤さんに、高校生へのメッセージを伺いました。
「今やりたいことがまだ見つかっていなくても、どうか絶望しないでください」
佐藤さん自身も学生時代、そして社会人になってからもキャリアについてたくさん悩んできたといいます。「そんな時は、多くの人と会い、心が動く瞬間を感じてほしい」と語る佐藤さん。
「皆さんには、”学生”という貴重な肩書きがあります。その肩書きを生かして、会いにいきたい人、話を聞きたい人の元へ、ぜひ積極的に足を運んで欲しいです」
そして多様なキャリアを経て、現在サッカーに戻ってきた佐藤さんはこう続けます。「寄り道をしても、本当に自分が好きなことなら自然とその道に戻る。何事にも一生懸命に向き合えば、いつか全てがつながる日が来ると信じて歩んでほしいです」
自分の好きなものと真剣に向き合い続け、同時に地域の課題解決にも挑み続ける佐藤さんは、最後にこう締めくくりました。「スポーツには、人と人、地域と地域をつなぐ見えない力がある」。
佐藤さん、そしてFUKUSHIMA WWW.は、その力を信じ、双葉郡から新しい地域創生の形を発信し続けます。

写真提供=FUKUSHIMA WWW.
