AI時代の「とりあえずやってみる」。残すかどうかは、後で考える
ダウンロードしたCSVの処理で、文字化けに引っかかった。
エンコードの問題で、読み込んだデータがうまく扱えない。
よくある話だし、正直かなり地味なトラブルだ。
でも、そのときふと、
「Pythonで一回変換してみればいいだけでは?」
という考えが浮かんだ。
AIがなかった頃なら、
どういう構成にするか
あとで使い回せる形にするか
雑なコードを書いていいのか
そんなことを先に考えて、手が止まっていたかもしれない。
今回は違った。
AIにそのまま状況を投げて、とりあえずコードを出してもらった。
実行して、エラーが出て、少し直して、もう一度実行。
それを何回か繰り返しただけで、文字化けは解消された。
ほとんど手直しはしていない。
READMEもないし、綺麗な構成でもない。
でも、目的だったCSVの変換は、問題なく完了した。
終わってから思ったのは、
「ちゃんと作らなくても、意外とすぐ終わるな」
という、ただそれだけだった。
1|「ちゃんと作ろう」と思った瞬間に、最初の一歩が重くなる
「やってみればいいじゃん」と言うのは簡単だ。
実際、その通りだとも思う。
でも、いざ自分がやる側になると、
その「やってみる」が、少し重く感じるときもある。
特に業務の中では、
いろいろ考えてしまって、
ためらうこともある。
試す前に、
このやり方でいいのか
あとで問題にならないか
説明できる形になっているか
そんなことを、先に考えてしまうからだ。
技術的に難しいから止まる、というより、
考えることが増えすぎて、手を動かす前に疲れてしまう。
そんな感覚が近いかもしれない。
その背景には、
「どうせ作るなら、ちゃんとしたものにしたい」
という気持ちがあったりする。
設計はどうするか。
汎用的にしておいたほうがいいのではないか。
あとから読んで分かるコードにすべきではないか。
そう考え始めた瞬間、
コードは「とりあえず試すもの」ではなく、
最初から守るべき資産になってしまう。
資産だと思った途端、失敗したくなくなる。
雑に作れなくなる。
判断が一気に慎重になる。
今回のCSVの件では、そうしたことを考える前に、とりあえず手を動かしてみた。
結果的に、
設計も、汎用性も、読みやすさも、
初動には必要なかったと実感した。
「ちゃんと作ろう」と思った瞬間に重くなっていたのは、
技術そのものではなく、
自分の中の価値観だったのかもしれない。
2|「とりあえず作る」が成立する条件が変わった
今回の件で強く感じたのは、
AIによって変わったのは、
コードを書く速さそのものではない、ということだった。
以前なら、こんな独り言が浮かんでいたと思う。
これは面倒だな。
Python書くか。
でも、1行ずつ手で書いて、
動かして、検証して……。
それなりに時間かかるよな。
だから、
はじめから資産を作る感覚になってしまう。
ここが、一番の分かれ目だった。
今は、その手前がごっそり消えている。
思いついたら、とりあえずAIに投げる。
コードが出てきたら動かす。
エラーが出たら直す。
それでもダメなら、やめる。
試す。
壊す。
直す。
この一連の距離が、
以前よりも圧倒的に短くなった。
だからこそ、
「とりあえず作ってみる」
という選択が、現実的になった。
うまくいかなければ捨てればいい。
最初から、そう決めてしまえる。
そう思えるだけで、判断はかなり軽くなる。
最初に、残すかどうかを決めなくていい。
あとで考えればいい。
動いたものを見てから決めればいい。
今回のCSVのコードも、作ってみたら、意外に良かった。
結果的に、「これは使えるな」と思えるものが残った。
資産は、
最初から狙って作るものではなく、
動かした結果として残るものなのかもしれない。
3|まとめ 「やってみる」は、もう無理な選択ではない
「とりあえずやってみる」
それくらいの気の持ちようで、
ちょうどいいのかもしれない。
以前は、
やってみる前に考えることが多すぎた。
時間をかけたわりに進まなかったり、
調べても、欲しい情報に辿り着けなかったり。
結果として、何もできないまま終わることもあった。
だから、
判断を先に済ませようとしていた。
やるか、やらないか。
残すか、捨てるか。
でも今は、
少なくとも環境は変わっている。
AIによって、
「とりあえずやってみる」
という選択にかかるコストは、
すでにかなり下がった。
判断する前に、
一度動かしてみてもいい。
合わなければやめればいい。
動かしてから考える。
よさそうなら残す。
ダメなら捨てる。
それだけの話なのかもしれない。
「やってみる」は、
もう無理な選択ではない。
少なくとも、
以前ほど重たいものではなくなっている。
