夏の一歩目、幽霊の君[短編小説]
「あたし、にいさまが大好きなのに⋯」
夏の一歩目、淡い色彩の美少女は悲しそうに俯いた。
なんてことない一日になる予定だった。
けれど春なのに妙に暑いもので、普段は立ち寄らない近所でも謎に大きいって言われてるお屋敷の跡地に足を踏みいれた。私の目的は⋯
「これこれー!わー、涼し気でいい気分!」
錦鯉の泳ぐ綺麗な池と、その近くにある東屋。
私は東屋のベンチにスクールバッグを置くと、錦鯉に手を伸べる。
「おいで、おいで!」
バシャバシャと音を立てて泳ぎ回る優雅な錦鯉達に、制服の中、全身の熱が引いてゆくのを感じた。
その時、視線を感じて顔を上げた。そこには
「わ、凄く綺麗な子⋯」
思わず声に出す程、綺麗な黒髪の美少女が立っていた。しかも今の時代に珍しい全身キッチリとした淡い桃色の着物姿。
「か、勝手に入ってごめんなさい!」
私はてっきりその身なりから、このお屋敷の持ち主の子なのかもしれないと思って頭を下げた。
するとその子は黙ったまま私の方に近付いてきて、衝撃的なことを言った。
「あなた、あたしが見えるの?」
その言葉に、私は固まる。
さっきまであんなに暑かったのに、なんだか背中がヒンヤリしてきた。もしかしてその言い方⋯
「えっと⋯見えたら、いけないのかな?」
心臓が、ドキドキする。
それに満面の笑みの少女は
「うん!だってあたし、もう死んでるもの!」
その時私は齢十七にして、初めて
「ゆ、ゆ、幽霊見ちゃったーーー!」
と大騒ぎをした。
人が色々なように、幽霊も色々なんだなと、話してみたら分かった。
って、話すなよって、感じだけどね?
私はその着物の美少女の幽霊と、しばらく話していた。
その美少女は、昔にこの辺りの名家のお嬢様だったこと、このお屋敷はその当時のその少女の親の持ち物だったこと、そして美少女の名前は
「みお。私はみお。それでね、にいさまがいてね、にいさまはヤクザというものになったのだけど⋯丁度あなたと同じ位の歳だと思うわ!とても強いの!にいさまに会いたいな⋯」
なんと、幽霊みおのにいさまなる人は、ヤクザになったのだと言う!名家の生まれなのに驚きだ!
幽霊みおは、そのにいさまとやらに会いたいのだと、しきりに繰り返した。
「そうだ!写真!にいさまの写真ないの?って⋯昔に写真なんて、ないか⋯」
私が自分で自分の頭をコツンと叩くと、幽霊みおは、着物の胸元から一枚の紙を出した。
「これは写真というものよね?家族で一度撮ったの!にいさまはこれよ!素敵でしょ?」
驚きだ!幽霊みおの生きていた時代にも
「写真ってあったんだ⋯かなり荒いけど⋯えっと、みおのにいさまは⋯ってえ?リンダじゃん!?」
そこに写っていたのは、同じクラスのリンダこと林田そっくりな男の子だった。そう、みおのにいさまは
「リンダだよ!リンダリンダ!」
テンションが上がって、なんか変な感じになってしまった。
だって、もしあのおバカなリンダがこんなお金持ちの名家と何か関係があったらと思うと、うん、テンション上がる!
「リンダ?ってなに?」
不思議そうにするみおに、私は説明しようとしたけど、すぐにやめた。
いいこと思いついたから。
「ねぇみお、にいさまに会わせてあげる!」
それにみおは嬉しそうに満面の笑みを見せ、頷いた。
次の日学校で、リンダに幽霊みおの話をした。
当然すぐには信じてくれなかった。
「お前、暑さでやられたんじゃねぇの?」
それでも引かない私にリンダは仕方なく、明日の放課後、かき氷一杯ご馳走したら例のお屋敷跡地に来てくれると言った。
「ありがとう、リンダ!」
私のお礼に、リンダは凄く変な顔をしていた。
次の日の放課後、リンダと訪れたお屋敷跡地。
やっぱりみおはその日も
「いた!みおー、にいさま連れてきたよ!」
それにみおは嬉しそうに走ってくる。
季節は春の終わり、夏の一歩目辺り。素敵な兄妹の再会が見られると思った。
でも、物事はそんなに上手くはいかないね?
だってリンダには
「おい、女の子なんて、どこにいんだよ?」
みおが見えなかった。
みおがリンダを見上げて、悲しそうに呟く。
「あたし、にいさまが大好きなのに⋯」
錦鯉の泳ぐ水音だけが涼やかに響き渡る。
夏の一歩目、私はなんて残酷なことをしたのだろうと、酷く後悔をした。
「バカリンダ!」
私はリンダに無駄に怒鳴って、リンダもなんで怒鳴られてるのかは分からず、目の前に、にいさまみたいな人がいるのに無視されるみおは泣きそうになって⋯そんな滅茶苦茶な私達は何も言わずに、静かにそこを後にした。
心の中で、みおにごめんねを言って。
約束は約束だったから、リンダにかき氷を奢った。
その時にリンダが教えてくれた。
「あのお屋敷よ、幕末の頃のらしいぜ!で、当時の所有者、もう首が回らない程の借金、抱え込んでたらしいぜ!それでさ⋯一人娘を遊郭に売ろうとしたらしい!でもそれを長男が許さなくて、自分が代わりに堅気の道諦めてヤクザもんになったんだとか⋯知ってたか?」
私はその話に驚く。それって
「みおは遊郭に売られそうななったってこと?それをにいさまが助けたってことよね?」
おバカなリンダにしては、よくものを知っている。
「まぁ、名前とかは知らねぇけど、あそこの歴史に詳しい人に聞いたらそういう話が出てきた!まぁあくまで噂な!そんでここからが大切だ!あそこもう随分古いだろ?そろそろ取り壊すらしいんだ⋯その⋯お前のいう幽霊?どうなるんだろうな?」
目の前でパイナップルのかき氷を頬張るリンダは、冷たさからなのかなんなのか、ちょっと顔をしかめていた。
取り壊されたら⋯みおはどうなるのだろうか⋯にいさまに会えないのかな?
私はそればかり考えて、折角のいちごミルクのかき氷を溶かしてしまった。
リンダの言う通り、お屋敷跡地は取り壊しのお知らせの看板が出た。
それに私は悲しくなる。
あれ以来私はみおに会えていない。
「取り壊される前に、会いに行こう!」
私は勇気を出して、久しぶりにお屋敷跡地に足を踏み入れた。
制服の衣替えがあと一ヶ月と迫った今日この頃、夏服のリボンは爽やかなスカイブルーで大好きだ。
夏の何歩目かを踏み出したお屋敷の中には、自然に咲いたのだろうか?青い綺麗な花が海のように凪いでいた。
その中をゆっくり進む。
と、そこにみおはいた。今日も一人、錦鯉を呼んでいた。
みお!と声を掛けようとしたその時だった。
みおがどこかへ走ってゆくのを見た。その先を目で追うと。そこには
「あ、リンダ!じゃなかった⋯あれは、にいさまだ!」
やっと会えたんだね!
私は遠くから、二人が抱き合って、にいさまがみおを抱き上げて豪快に笑うのを見つめていた。
もう消えゆくこのお屋敷で、二人は確かに笑い合っていた。
なんて美しいことか。
妹を思い自らの人生を犠牲にした兄と、その人生を知らず無邪気に兄を求める幼い妹。自然と涙が溢れた。
「もう二度と、離れないでよね!」
夏の何歩目かの蜃気楼のような、美しい二人の姿に、私は笑顔で手を振ると、声はかけずにそっと古ぼけたそのお屋敷を後にした。
それからその二人がどうなったのかを、知るのはそのお屋敷ただそれだけ。
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