見出し画像

青く染まった透明[短編小説]

「ほれ!」
「やだー、冷たいよー」
ファインダーを覗く。そこには初夏の海ではしゃぐ制服姿の男女がハッキリと写っていた。
「何笑ってんだよ!?」
男の方がファインダー越しに僕に笑いかける。その全てが青かった。いや、本当は透明だったのかもしれない。けれど青いと、錯覚してしまったのかもしれない。
「わー、やめてよ!カメラが濡れるから!」
僕のことを海に引きずり込もうと腕を引く。
いつの間にか参戦していた女の子の方も、高く結ったポニーテールを揺らして、僕の方を見て笑った。
胸が高鳴った。
「観念しろ!お前も濡れろ!」
青春とは、青く染まることだ。なぁそうだろ?
蒼依あおい?」
空を見上げた。やっぱりそこは、青かった。

その電話はある日突然かかってきた。
仕事の昼休み、値引きシールの貼られたスーパーの惣菜弁当を食べていた僕のスマートフォンが突然振動した。
「誰かな?知らない番号だ?」
どこか見覚えのある市外局番のそれはやはり、自分の故郷からの電話だった。
故郷の市役所の何科の人だったかが言った。
「あなたの撮った、この街の海の写真をポスターに使わせて欲しい!」
記憶を辿った。そして思い出した。そう言えば⋯
「昔、街主催のフォトコンテストに海の写真、出したことありましたね?」
あれはまだ高校生だった頃のことだ。友達とふざけてノリで
「出したんだよなー、懐かしい⋯」
懐かしい世界で、何もかもが青く揺れる。友達の短髪も、ポニーテールも、海の水に染まって、キラキラと
「青かったなー」
あの頃僕には大切な友達が二人いた。蒼依という男の子と透子とうこという女の子。
楽しいこともたくさんしたけど、随分無茶なことも三人でした。例えば自転車で三人乗りしたり?透子は女の子のくせに怖がったりしなかった。寧ろ一番怖がるのが僕。
「お前気、小さすぎ!」
笑われる度に、ムッとしたのをよく覚えてる。そして、透子はそんな僕をよく笑った。
「ねぇ、写真撮ってよ?」
透子はよくそうせがんだ。その度に僕は買ったばかりのカメラで写真を撮った。透子の笑顔をファインダーに捉える度、胸の鼓動が速くなった。知っていた
「僕は透子が好きだった⋯」
ハッとした。我に返った。
「危ない!過去に浸るとこだった!」
慌てて弁当の続きを食べた。午後一の会議に遅れる。
頭上では今日も空が青かった。でも今の僕にはそんなこと
「関係ないや!」
慌てて食べた弁当は、なんの味もしなかった。

「ポスターの写真になるの?おめでとう!」
透子が笑顔で拍手した。
え?なんで?
「透子がここにいるの?」
真っ青な海、幸せそうに微笑む透子はあの頃のまま。ねぇ透子?透子は
「⋯?」
酷い体の痛みで目が覚めたら、ベッドの下だった。やっぱり
「夢、だよね?」
スマートフォンで時間を見る。休日なのにまだ六時だった。
「なんだよ⋯損した気分⋯」
その時思い立った。そうだあの頃の
「あの場所に行こう⋯」
そう、どこまでも青かったあの頃のあの場所。あの写真を撮ったあの場所に
「帰ろう?」
気付けば電車に乗っていた。目指す場所は思い出の青い海。故郷の懐かしい青春の場所。ずっと怖くて
「帰れなかった場所⋯」
電車の窓に大きな海が広がり出す。その時心にも思い出が広がり出す。ねぇ透子、透子は僕を
「恨んでいますか?」
止まった電車から吹き込んできた強い潮風。透子の髪を揺らしたのをよく思い出す。
最後の夏、透子が渡した蒼依宛の手紙、何故か僕が今でもそれを持っている。
思い出すんだ。あの日、透子は僕に言ったんだ。
「これ、蒼依に渡しといて!」
でも、ごめんね、透子⋯
「ラブレターでしょ?これ?渡せないよ?だって僕、透子のこと好きだったんだもん⋯」
涙が溢れた。
その夏、透子は事故に遭って亡くなった。
僕らの綺麗なトライアングルもバラバラになった。
それでも僕は知っていた。眩しい三角形の先、どこまでも青く煌めく海の下、透子と蒼依が両想いなこと。知ってたよ?だってキラキラしてたから。二人は眩しすぎる位にキラキラしてたから。ほんとに
「僕なんか、入り込めないくらい、キラキラしてたから⋯僕は二人のオマケみたいなもんだったから⋯」
どんなに頑張っても、二人の間には入り込めなくて、悔しくて、悲しくて⋯だから⋯でも
「渡さなくて、ごめんなさい!」
潮騒が車内まで響く。美しい街の中に、僕は今、生きている。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
小さな子が、心配そうに僕に飴玉を差し出した。それが透子と重なった。
生きているんだと思った。透子はこの街でまだ生きているんだと、思った。
飴玉を受けって、ぎこちなく笑った。
「あ、ありがとう?」
それにその子は満足したように母親の元に走って帰った。
僕もゆっくりと立ち上がる。故郷の駅は次の停車駅だ。
蒼依には一応連絡をした。返事はないけど。多分恨まれてるんだと思う。分からないけど。
電車が故郷の駅に止まった。さっきより強い潮の香りと音が聞こえる。
懐かしさより、後悔の方が強かった。
あの日、夏の日、なんで透子を一人で帰したんだろう?とか。みんなで一緒だったら透子は事故に遭わなかったんじゃないか?とか⋯。でもそういうのって結局は全部結果論なんだろうと思う。そう思わないと
「やってらんない!」
ウミネコが鳴いた。海は驚く程あの頃と変わらなかった。
「透子、ごめんね⋯」
何度も謝った。何度謝っても、足りなかった。
その時、海岸線を走ってくる人影を見た。それは
「蒼依?」
「お前、なんで帰ってきたんだよ?」
こっちこそ
「なんでいるんだよ?」
もう僕らは青くもキラキラもしていなかった。でも、海は相変わらず青くキラキラと打ち寄せていた。
「おっさんになったな?」
蒼依があの頃のようにイタズラっぽく笑った。
それに僕も笑った。
「蒼依も、お腹、出たんじゃない?」
時空を超えるのは一瞬だった。だから一人の不在は余計に際立った。
「透子、いねーな?」
蒼依が寂しそうに言った。
「ね、でも似た子とは来る途中に会ったけど?」
それに蒼依は目を丸くした後、微笑んだ。
「そうか⋯アイツ、まだこの街にいるのか⋯」
そうだ、透子はずっとこの街に生きている。だから蒼依
「ごめんね?ずっとさ、渡せなかったものがあるんだ⋯透子からの⋯ラブレター?隠しててごめん!二人、両想いだったよね?羨ましくて⋯渡して!って頼まれてたのに、あの夏⋯渡せなかった⋯今頃になっちゃったけど、渡すよ!」
可愛い便箋。透子のラブレター。そっと差し出した時、蒼依が爆笑した。
「ラブレター!?お前それ勘違い!それ、ラブレターじゃねぇよ!あと、俺と透子は両想いじゃねぇから!恋敵だし!知らなかった?俺も透子も、お前が好きだったんだよ?知らなかったのかよ?この鈍感!中身読んでみ?全部分かるからさ!」
僕は混乱する。透子が僕を好きだった?そして
「蒼依も僕が好きだった?」
促されて読んだ透子の手紙。そこにはこう書かれていた。
「お互い振り向いて貰えるように頑張ろうね!それから⋯どっちが恋人同士になっても恨みっこなしね!」
それは透子の可愛らしい文字で書かれた、衝撃の事実だった!じゃあ僕は
「ラブレター、隠し持ってたわけじゃなかったってこと?」
それに蒼依は尚も笑う。
「そうだよ!お前モテモテだったんだよ!自信持てよ!あの後もよ、なんか自分責めるみたいに、一人でサッサと街出てくしさ、寂しかったよ。まぁさ、俺はもう、昔のことって割り切って、今いい彼と仲良くやってるけどさ?お前はどうなんだよ?前、進めてんのか?帰ってきたってことは⋯なんかあったんだろ?」
その時、高校生の男女が楽しそうに海で遊びだした。それを見て僕は微笑む。あの子達にも
「海も何もかも、青く見えてるんだろうな?」
キャー!っという嬌声がこだまする。
「な、あの頃俺らもあんなだったよな?ほんとアホ?でも⋯楽しかったな?」
蒼依が眩しそうに目を細めた。
「昔撮った海の写真をさ、ポスターにしたいって言われたんだ。蒼依と透子が水かけて遊んでるヤツ⋯ねぇ蒼依、もういいかな?好きなようにして、いいかな、僕?」
波音が揺らめくように響いていた。
「勿論だよ、お前の写真だ、好きにしろ!透子もそうしろって言ってる!」
亡くしたものばかりを数えていた。それが癖になっていた。でも確かに手の中に残っていたものはあった。ねぇ透子
「好きでいてくれてありがとう?」
その言葉は強い潮風にさらわれてどこかに消えた。
「俺はそろそろ行くな?」
蒼依が笑って去っていった。きっともう会うことはないのだろうと思った。
「彼と幸せに!」
それに蒼依は何も答えなかった。
青春はゆっくりと姿を消してゆく。やっと僕の中で、あの日の青は消えてゆくことを許さた気がした。

数ヶ月後、駅のポスターに足を止める人が何人もいた。それがちょっぴり照れ臭かった。
「この街の海、行きたいね!」
その写真、僕が昔撮ったんですけどね⋯。
僕はあの頃の故郷の海の写真をポスターにする許可を出した。
真っ青な海に、それに染まった少年と少女。青春の一コマ。
ねぇ透子、あの時代は本当に
「美しかったね?」
手を伸ばすとあの頃に引きずり込まれそうになる。笑顔の蒼依と透子に。
あれは青に染まった限りない透明の時代の話。
記憶の中で美しいトライアングルの僕らは、いつまでも色褪せることなく青く染まって笑っている。

※著作権は放棄しておりません。二次使用は予めコメントにてお知らせ頂けますと助かります。よろしくお願いいたします。

いいなと思ったら応援しよう!