ババァのシャワーを浴びる
〈ここ2週間ほどの記憶があまりない〉と書いたのは約3週間前。
そしてまた、ここ2週間ほどの記憶が朦朧としている。
立ち昇る強烈な陽炎のなか、みな青色吐息でイライラしているし。
あぁ。
マンションのオートロック前で、濃い緑色の500ml缶を2本抱えたあの若者もそうだった。
缶には白抜きの筆文字で「緑茶」の文字が力強く縦に書かれていた。
近くのコンビニで卵とアイスを買ってマンションへ戻っていると、しばらくオートロックの機械を眺めていた若者が、ヘタヘタッと座り込むのが入り口に見えた。くるくるパーマの黒髪に黒いTシャツ、黒い短パン、ベージュのソックスにピンクのビーサン。鍵忘れてきたんだな。
関わりたくないので、入口の様子を横目で見ながら建物をスルーする。
彼が中に入るのを日陰で待つことにする。
頃合いを見計らって覗いてみるとまだいやがった。
緑茶2本を抱えてさっきいた場所の斜め左の壁に、点になった目でもたれかかっている。165cmぐらい、真っ白のヒョロヒョロ。
いいや、知らない顔してスッと中に入ろう。
そうすりゃこいつも中に入れるだろ。
エレベーターも別に乗りゃいいし。
ところがどっこいであった。
知らない顔してスッと入ろうとしたときに、こいつがゆるりと寄ってきた。
「オネエサン、あのですねぇ、ぼくぅ、ここに住んでるわけじゃないんですけどぉ、ともだちんチで飲んでて酔っぱらっちゃったんでぇ、お茶買いにいったんですけどぉ、ともだちが開けてくれなくてぇ、一緒に入れてもらったりしてもいいすかねぇ~」
だめだろ。
ここの住人じゃないんかい。
「あの、お友達開けてくれないんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「多分寝ちゃってると思うんすよ~。いいすかぁ~?」
だめだろ。
スマホも何もかも部屋に置いてきたという。
だんだん彼がイラついてきているのがわかる。
「別にいいっしょ。入れてくれればそれでいいんすよ。不審者とかそんなん思ってんすかぁ?身分証明書とかも全部ともだちんチにあるって。
あっ?金っすか?いいっすよ、10万?15万?」
どんどんヒートアップしていくものだから、恐ろしくなってわたわたと1階に店舗を構えるおじさんに助けを求めに行く。
「あっオニイサン、このババァ、あたまおかしいっすよ。」
あっ、ババァに格下げしやがった。
おじさんが部屋番号を尋ねる。
わからないと言いやがる。
えっ?だめだろ。
「いくら欲しいんすか?俺ITではたらいているんでぇ、いくらでもいいっすよ。10万?15万?大体このババァ、あたまおかしいっしょ。乱暴されるとか思ってるわけ?するわけないっしょ。こんなババァ。あたまおかしいっしょ。いやマジで、このババァあたまおかしいっすよ。」
申し訳ない、リ・バース60を検討しているババァは10万、15万では満足できない。あと0を3つほど足してほしい。
あっ、でも乱暴はいやです。
10万、15万を振りかざす若者におじさんもいらついてくる。
「そげな金はいらん!どうしようもないけん、警察ば呼ぼうか?」
この一言でおとなしくなった若者は、おじさんの判断により、ババァのカギで開けた建物へ入っていった。
ババァはと言えば、おじさんのお店に流れる大相撲中継を聞きながらしばらくのあいだ、溶けかけたアイスをなめなめ頭と動悸を整える。
別の階に住む男性に家まで送っていただき、そのまま放心状態で時間が過ぎて、ババァショックからようやく我に返ったのがつい最近。
よくよく考えるとあいつは案外正直者で、人生損をするタイプなのではなかろうかと思ったりしている。
