眠れない自分を許せない私。でも少しずつ許していきたいな。
自分を許すってどういうことでしょう・・
グルグル考えがちな私なので、きっとこれまでも、そしてこれからもグルグル考えすぎてしまうのでしょう
でもこれが私です。この世界にたった一人の「わたし」です。
摂食障害に苦しんでいたころは、私はとにかく自分を責め続けていました。
いいたいことを言えず、人の顔色ばかり窺ってびくびくしている自分が嫌い
でも心の中ではどす黒い汚い思いを抱えている自分が嫌い
こんな状態になったのはすべて母親のせいだと母を恨む自分が嫌い
過食嘔吐してトイレから出られなくなり、用事があると嘘をついて友人との約束をドタキャンしてしまう自分が嫌い
当時の私は嫌いの沼の中にどっぷりと浸かっていました
そうやって自分を卑下して、被害者ぶって、人生を嘆いていることが、とても情けなくていたたまれなくて悲しいことは充分わかっていました。
今振り返ると
そうでもしなければ自分を保てなかったのだとわかります。
ある人に言われたことがあります。
すべてが調和なのだと・・
調和の中で私たちは生きているのだと・・
だから、私が(当時)摂食障害で苦しんでいるのは私の症状として表現できる中で一番最善だったんだよと・・
始めに聞いたときは、到底受け入れられなかったのですが
でも、今ならなんとなくわかります
四季の移り変わり
昼と夜
月の満ち欠け
海の満ち潮と引き潮
そして呼吸(吸ったり吐いたり)
心臓の鼓動(収縮と拡張)
すべてが繋がっていて、私が計り知れないような大きな循環がある中で、その一部である私が、何かのバランスを崩し、そしてそれを調整するために自分にとって一番ベストな方法が、(当時は)過食して嘔吐、拒食することだったのでしょう。
そしてもしかしたら、現在は、眠れないことや眩暈の症状なのかもしれません。
自分の根性でどうにかしようとしたって、無理なのです
だって、自分は大いなる自然の小さな一部なのだから・・・
・・と当時の私がそう悟ってすぐに摂食障害が改善していったわけではないのですが^^;
この時の私もこの症状をなんとかしたくて、あらゆることを試しました。
でも、あらゆることをやって、もうダメだ・・自分の力ではもうどうすることもできないんだと思った時、大泣きしたのを覚えています。
インドのある覚者の話をふと思い出しました。
その方は、悟りを得たくてずっと長い間修行に人生をささげてきました。
しかし、悟ることができなない・・
もうダメなんだと、怒りと悲しみと絶望と・・いろんな感情が爆発して彼は号泣します。泣き暮れて・・・もういい・・もう疲れた・・もうこれ以上がんばれない・・もうすべて手放そう・・覚醒したい思いも、すべて・・何もかも・・
そう思った翌朝 彼は悟りを開いたのです。
サレンダー(surrender)
日本語では降伏するという意味でつかわれることが多いらしいのですが、ここでは「手放す」という意味で使いたいです。
自分でしっかりつかんでいたコントロールを手放すこと・・
もうすべてお任せしますとゆだねること・・・
摂食障害に約17年間苦しんだ私がたどり着いたのが、このサレンダーでした。
普通に考えると異常な過食嘔吐も、今の私にとって普通のことだとして過剰反応しなくなると、不思議なことに数年かけてではありますが、行きつ戻りつしながらも少しずつフェードアウトしていったのです・・・
今、「不眠」という症状を抱えた私は、また何かをコントロールしようとしているのでしょうか・・何かをサレンダーするときに来たのでしょうか・・
今はまだ全くわかりません・・・
ですが、眠れない自分を責めたり、やみくもに改善しようとあれこれするとなんだか余計に自然の調和から離れていく気がします・・
一度サレンダーしたからといって、すべてが解決したわけではないんですね・・玉ねぎの皮が少しずつ剥けていくように・・ゆっくりと気づきと身体の変化がおこるものだと思って、今後もゆっくり自分自身を観察していこうと思います。
