見出し画像

たとえばこんな文章講座。

たとえば花粉症、という症状があるわけですよ。

それでまあ、きょうは花粉症で難儀している話でも書こうかな、と思うじゃないですか。この鼻炎薬が効いたとか、それでも口のなかが乾いて困ってるとか、目のかゆみはどうしようとか。ただね、そのままにこんな話をしてもおもしろくないわけです。いや、花粉症の人は「そうそう、おれもおれも、わたしもわたしも」と読んでくれるかもしれませんが、そして書きかたによってそれなりにおもしろくすることは可能かもしれませんが、もう本質的におもしろくない。なぜ、おもしろくないのか。

まずね、丸谷才一さんはこんなふうに言います。

文章の上手下手は最初の数行でわかります。最初の数行で、くだらないもたもたした書き方をするような人の文章は、最後まで読んだって絶対ダメなんですよ。

『思考のレッスン』丸谷才一(文春文庫)

じゃあ、最初の数行をどうすればいいのか。

書き出しを考えるときに、他の人ならどう書くかなあ、何の話から始めるかなあと考える。その上で、他の人がやりそうなものは全部捨てるんです。

同上

つまりね、花粉症の症状から入るような書き出しは、「他の人がやりそう」という相対的な意味においてもう、つまらないんです。その「他の人がやりそう」なものを全部捨てたところから、自分の書き出しを考える。逆に言うと「他の人がやりそう」なものを想像できる力がないといけない。

よし、わかった。そうやって自分ならではの書き出しを考えたとして、そこからどんなふうに展開していけばいいのだ。そう聞きたくなりますよね。丸谷才一さんの答えはシンプルです。

次は、文章の半ばのコツ——。
「とにかく前へ前へ向かって着実に進むこと。逆戻りしないこと。休まないこと」
話があっちこっちへ飛ぶ書き方というのもあるけれども、これは玄人の藝であって、また別。とにかく休まないで、逆戻りしないで、前へ前へと進む。

同上

そりゃあそうだろ、と思う人もいるかもしれません。前に進むなんて当たり前じゃんと。でもねー、けっこうな数の人たちがこれ、やっちゃってるんですよ。さっきの話をもう一回くり返したり、その場に立ち止まってどうでもいいことをもごもごと語ったりする。どうしてか。

僕なんかそれで暮らしを立てている身だから当たり前だけれど、人の文章を読んでいて「あ、ここからここまでが水増しだ」とわかる。ことに随筆なんか、如実にわかっちゃう。(中略)でも水増しというのはなにか興醒めするものでね。読んでて急に味気ない気持ちになる。

同上

書くことがなくなったり、わからなくなったりしたとき、人は水増しをはじめる。それで「前に進む」ができなくなるんです。丸谷才一さんは水増しを防ぐ手立てとして「考え直す」ことを挙げています。

まず自分の書く中身を全部考えて、どうもこの枚数には、これじゃ足りないぞと思ったら、もう一度、考え直す。この内容で何枚書けるかということは、たくさん書くとわかってくるんです。ところが、この考え直すことをみんなしたがらないのね。

同上

つまり、いまある原稿になにかを足す(水増しする)のではなく、最初から考えなおして、書きなおせ、ということですね。

そして最後、どのように原稿を終わらせるか。

これは書き出しと同じです。
「終わりの挨拶は書くな」
「はなはだ簡単ではあるが……」とか、「長々と書いてきたが……」とか、これはやめる。パッと終わればいい。誰もそんな結びの挨拶なんか読みたくないんです。結びの挨拶がないと恰好がつかないという感覚を、えてして人は持ちがちだけれども、そんなことはない。すっきりと終わればいいんです。

同上

ねえ。花粉症の話を書くつもりだったのに「他の人がやりそう」な書き出しを避けて通ろうとしたら、いつの間にか書きかた講座みたいな話になりましたよ。

まあ、とりあえず「書き出しがうまい人」というのは、文才とかセンスの問題というよりも、「他の人がやりそう」なものへのアンテナが敏感なだけ、そしてそれを避けて通る手間を惜しまないだけ、なんだと思います。