仕事ができる人の条件、かな。
仕事には、ストレスが付きものである。
たとえばぼくの場合、締切はおおきなストレスだ。一般的な業種で言えば、納期ということになるだろう。最近は電話をかけてくる編集者さんも減ったけれど、ぼくが若いころは「原稿の催促=突然の電話」であり、あのころは電話のベルが鳴るたびに心臓が止まりそうになっていた。その点、現在の催促ツールはもっぱらメールやLINE、メッセンジャーなどであり、既読スルーや未読スルーの技を駆使する人も多いのではないかと想像する。
また、フリーランスの人間にとっては原稿料(ギャラ)の交渉も大変なストレスである。こちらから言い出しにくい話題でもあり、しかも原稿料を提示しないまま仕事だけ依頼されることも少なくない。若くて身近に同業者がいなかったころのぼくは原稿料の相場みたいなものも知らず、交渉する根性もなく、ほとんどの場合は先方の言い値に従っていた。いまでも原稿料や印税率の交渉は気苦労が多く、それを若い人にさせたくないため会社をつくっているところが少なからずある。
でも、最大のストレスと言えばやはり「断ること」ではないだろうか。
なにかのお仕事を依頼される。けれど、スケジュールが合わなかったり、内容に興味が持てなかったり、条件面で折り合えそうになかったりする。相手が見知らぬ人であれば、断ることもむずかしくない。しかし、知らないわけではない人からの依頼は、なかなか断りづらい。どんな理由を並べようと、やはり心が痛む。
逆から考えると、仕事ができる人の条件として「気持ちよく断らせてくれる」が挙げられるのではないか。
どんな依頼であっても、たとえそれが一世一代の大勝負であっても、もしも意に沿わないものであれば「気持ちよく断らせてくれる」。断るにあたってのストレスをほとんど感じさせないような依頼をしてくれる。こういう人はたいへんありがたい。
「そんなことしたら本当に断られるじゃないか」と思う人がいるかもしれないが、その通りである。たしかに断られる。しかし、気持ちよく断らせてくれた相手には、信頼が加算される。いい人だな、誠実だな、ありがたいな、というポイントが加算され、それは次になにかがあったとき、かならず生かされる。関係が、ちゃんと継続するのだ。
仕事にかぎった話ではないだろう。ランチの誘いであれ、飲み会の誘いであれ、旅行の誘いであれ、気持ちのいい人はちゃんと「断る余白」を設けたお誘いをしてくるものだ。逃げ道を塞ぐような依頼は——たとえ承諾がもらえたにせよ——相手に相応の負荷をかけているのである。
