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夏目漱石は「英文和訳」をどう教えていたのか――松山中学時代の授業に見る「シンタックスとグラムマー」の世界――


(出典:『夏目漱石』(赤木桁平著、講談社学術文庫、2015)のp.84)


明治時代の英語教育というと、多くの人は「難解な英文を和訳するだけの授業」をイメージするかもしれません。
しかし、実際の夏目漱石の授業は、それほど単純なものではなかったようです。

赤木桁平『夏目漱石』(講談社学術文庫、2015年)の中には、漱石が1895年(明治28年)、愛媛県尋常中学校(1899年に愛媛県松山中学校と改称。現在の愛媛県立松山東高等学校)で英語教師を務めていたころの授業風景が紹介されています。

教材は、Washington Irving の『The Sketch Book』です。

そして、その授業について、教え子の一人は次のように回想しています。

「言葉ばかりか、文章の解剖までして、シンタックスの説明がやかましい。」

この一文は、当時の漱石の英語教授法を理解する上で、極めて興味深い証言です。

「シンタックス」とは何だったのか

現代の日本では、「文法」といえば grammar を指すことがほとんどです。
しかし、明治期の英語教育では、grammar と syntax はかなり意識的に区別されていました。

grammar は、いわば単語レベル・品詞レベルの規則です。

  • 時制

  • 冠詞

  • 前置詞

  • 動詞変化

  • 関係代名詞

などを扱う。

一方、syntax は「文の構造そのもの」を扱います。

つまり、

  • 主語はどこか

  • 動詞は何か

  • 修飾関係はどうなっているか

  • 従属節はどこにかかるか

  • 文全体の骨格はどうなっているか

を細かく分析する作業です。

漱石の教え子が「文章の解剖」と表現しているのは、まさにこの syntax の授業だったのでしょう。

単に「この単語はこう訳す」という話ではなく、

「なぜ、この語順になるのか」
「なぜ、この副詞がここに置かれるのか」
「この関係詞節はどこまで続くのか」

を徹底的に読み解いていました。

つまり、漱石の授業は「精読(close reading)」そのものだったわけです。

なぜ漱石はそこまで細かく読ませたのか

ここで重要なのは、漱石自身が「英語を外国語として学んだ日本人」だったことです。

漱石は、決して幼少期から英語環境にいたわけではありません。
ネイティブ教師の自然習得型教育を受けたわけでもありません。

むしろ、

  • 漢文素養

  • 文法分析

  • 構文把握

  • 精密な読解

によって英語を身につけていった世代でした。

だからこそ、漱石にとって英語とは、

「感覚で読むもの」

ではなく、

「論理的に解剖するもの」

だった可能性があります。

実際、当時の旧制中学・旧制高校・帝国大学の英語教育は、現在の英会話中心教育とはかなり異なっていました。

音読や会話練習よりも、

  • 原書読解

  • 文法分析

  • 和訳

  • 構文解析

が重視されていました。

これは単なる「時代遅れ」ではありません。

当時の知識人にとって英語とは、海外の学問・思想・文学へアクセスするための「読書言語」だったからです。

つまり、「話せること」よりも、「難解な文章を正確に理解できること」が重視されていたのです。

その意味で、漱石の授業は、当時としては極めて本格的な学術的英語教育だったとも言えます。

『The Sketch Book』を教材に選んだ意味

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