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趣味のプロジェクトで、自分が自分のクライアントになっていた

仕事では散々「要件と願望を分けてください」と言っているくせに、自分のことになると途端に怪しくなる。これは、その実例である。


ThinkPad のトラックポイントなしでは生きていけない人生を、もう何年も送っている。今まで何度も「自分の武器を変えてみたい」と発作的に別のキーボードに浮気しては、結局「やはりトラックポイントしか勝たん」と戻ってくる。今は HHKB Studio という、トラックポイント付きの最強の一台と暮らしている。手にはなじんでいる。なじんではいるのだが、これが完璧かと聞かれると、奥歯に何か挟まったような答え方になる。

分割キーボードにも何度も挑戦してきた。KeyBall シリーズをはじめ、4、5 個のキーボードが家のどこかに転がっている。組み立ては楽しい。キースイッチを選ぶのも楽しい。3Dプリンターでケースを作るのも満足感がある。それでも、本当に欲しいものは見つからなかった。

「ないなら作るしかない」という結論に至って、サリチル酸氏の『自作キーボード設計ガイド』を手に取った。今度はキットの組み立てではなく、基板の設計からやる、と決めた。


ところが、気づいたら Notion にデータベースを作っていた。Phase 0 から Phase 8 までの工程を切って、タスクを 45 個並べていた。プロパティに「優先度」「工数」「カテゴリ」を入れていた。

仕事でもないのに、なぜここまで。

過去の試行錯誤から、欲しいものははっきりしていた。左右の半分をつなぐケーブルは要らない。キーボードとパソコンの間のケーブルも要らない。ポインティングデバイスはトラックボールではなくトラックポイント。Enter は右手小指、Ctrl は左手小指で打ちたい。どれもこれも、「あって良かった」「なくて困った」を何度も繰り返した末の結論だ。

そんなあるとき、私は AI 相手に呟いた。最初の試作(v1 と呼んでいる)から無線化したいんだけど、と。

それまでの計画では、v1 は有線、v2 で無線化、という二段構えだった。仕事でいう「まずは Quick Win、次に本格展開」みたいな進め方だ。それを自分でも採用していた、はずだった。

なのに計画を立てた数日後、私は計画を膨らませようとしていた。「v2 まで待たなくていいんじゃないか」「v1 でいきなり無線でもいけそうな気がする」と。

自分の考え方に不安を覚えGenAIに相談したところ、返ってきたのは、いくつかの数字だった。無線化を v1 から入れると、ファームウェアの難度が上がる。デバッグも難しくなる。完成までの期間が 1.5 倍。詰む確率が体感 3 割。

それは、私自身がクライアント先で「やめてください」と言うやつだった。


ここで少し言い訳をすると、「無線」は私にとって願望ではなく要件だ。色々なキーボードを触ってみて「あって良かった」と実感している機能だから。だからこそ「v1 から入れたい」と思った。

でも、それと「v1 で実装すること」は別の話だ。仕事ではこういうのを「要件膨張」と呼ぶ。要件そのものは正当でも、最初の試作に全部入れようとすると、プロジェクトは沈む。

クライアントには何度も言ってきた。本当に最初の段階で無理して入れる要件でしょうか。後でやれる選択肢を、検討しましたか。

その問いを、私は自分には投げかけていなかった。

押し返されてはじめて、ああ、これは——と感じた。仕事で他人にやっていることが、自分にできていなかった、という気恥ずかしさ。GenAI相手に自問自答できているのが救いだが、一方で仕事で取引先と会話している時を思い出した。


専門家でも、自分の領域で自分自身を律するのは難しい。医者が自分の健康管理に甘い、みたいな話と地続きだ。気合いで何とかなる話ではない。

クライアントには私が伴走する。では、私には誰が伴走してくれるんだろう。今回はたまたま AI が押し返してくれたけれど、それでも人間の伴走者が要る場面は、たぶん別にある。


結局、v1 は有線のまま進めることにした。Claudeに指摘されたことはおそらく正しい。成功体験を積むことが大事だ。それでも欲を言えば一足飛びで進みたい。それでも自分が立ち止まった理由は、一足飛びに対して心配だったからだと思う

「贅沢を言うな」と自分に向かって思ったとき、半分は反省で、半分は安堵だった。ただまぁ、きっとまた「やっぱり無線化したい」と言うんだろうなと思う。これはその時のための備忘録。

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