11月5日は「いい碁の日」だろ、と思っていたら1月15日に取られていたでござる。🤔
イゴよろしく!⚫⚪✨
■今日はなんか「縁結びの日」らしいぜ。⛩️🎀

©内藤マーシー・講談社/『甘神さんちの縁結び』製作委員会
■しかもよりによって今日は「いい男の日」ときた。
どういうことなの……😱

©山川純一・第二書房
■今日は“アノニマス仮面の日”こと「火薬陰謀事件」
1605年11月5日、イングランド国王ジェームズI世はウェストミンスター宮殿にて貴族院議会開会式を実施する予定であった。
この機に乗じ、首魁のロバート・ケイツビー以下、一部の過激派カトリック信徒はプロテスタントをブリテン島全土に広めんとする国王を宮殿もろとも爆殺する計画を立てていた。
彼らは従来の国教たるカトリックを締めつけるような新国王の宗教政策に失望感を抱き、ジェームズ王の謀殺と併せてミッドランド地方で一斉蜂起し、王の娘である当時9歳のエリザベス王女(のちのボヘミア王フリードリヒV世の妃)を次期君主に擁立する……そんな筋書きを用意した。
ケイツビーが信を置く幹部の中から計画の実行責任者に選ばれたのが、従軍経験を持ち、爆発物の取り扱いにも明るいガイ・フォークス(Guy Fawkes)である。
「ガイ(Guy)」というファーストネームは、彼の故郷ヨークではポピュラーな人名の一つで、彼の地で有名な15世紀イングランドの裁判官サー・ガイ・フェアファクス(Sir Guy Fairfax)に肖って命名されたものだ。
しかし結論をいえば、この計画は未遂に終わる。
決行日より前月、モンティーグル卿ウィリアム・パーカーの元に匿名の告発状が届き、宮殿爆破および国王暗殺計画の仔細と共に「安全のために当日は近づかない」旨が記されていた。この話は間もなくジェームズ王に伝えられ、当局の知るところとなる。
計画者たちは「どうせデマだと思ってくれる」と高を括っていたが、残念ながら王室関係者らはそんなに甘くはなかった。
かくして当日未明、テロ集団は当局により発見・追跡のうえ射殺もしくは逮捕され、各々が苛烈な拷問を経て極刑に処せられた。実行犯ガイ・フォークスもまた犯行現場を押さえられ、拷問で疲弊したのちに絞首台の露と消え、死後に四つ裂きとなって国内各地に曝されたという。
翌年1月には、“過激派宗教テロ集団”から国王と国家が守られた記念として「1605年の11月5日遵守法」が制定され、この日の出来事にちなんだ礼拝などがイングランド各地で開催されるようになる。その夜に民衆は焚火や花火を揚げ、子どもたちは“王に仇なす悪の手先”ガイ・フォークスを模した人形を燃やして、王の息災延命と王国の安寧を祈念したのだ。
この事件以降、「ガイ(Guy)」の名は「なんかやべーやつ」の代名詞として国内に広まったが、現代の米語では単に男性、あるいは「野郎」を指す一般名詞“guy”としてあまねく人口に膾炙している。
一方、ガイ・フォークスの物語(と彼を模した仮面)は、19世紀の英国大衆文学以降「絶対王政や全体主義に抵抗・叛逆する英雄譚」として描かれるようになり、主人公が“ガイの仮面”を着けて近未来の大英帝国と斗う1980年代のアメコミ『Vフォー・ヴェンデッタ』を経て、今日の世界では匿名ハッカー集団『アノニマス』やポスト911における「ウォール街を占拠せよ」運動といったアナーキズムや反体制の象徴となっていった。

右:ガイ・フォークス・マスク(アノニマス仮面)
まあそんな感じで、次回もよしなに。
それではまた。 \(^o^)/
いいなと思ったら応援しよう!
このたびは船沢荘一のnoteをお読みいただきありがとうございます。m(_ _)m
もしお気に召しましたら、ぜひ「スキ!」の押下やフォローおよびマガジンの購読、または応援代わりに「サポート(おひねり)」の投入をよろしくお願いします。😉✨💰