【第7話】〜朝の連続AI小説〜0.00001%
第7話 沙羅が笑った
下鴨神社に行ったのは、十一月の初めだった。
朝から空が高くて、風が冷たかった。沙羅が「今日は歩けそう」と言った。理由はよくわからなかったが。
糺の森に入ると、空気が変わった。
沙羅が言っていた通りだった。音はある。風の音、落ち葉を踏む音、遠くで子供が走る声。でもそれらが全部、どこか遠くにある気がした。
沙羅が先を歩いていた。
落ち葉を踏むたびに、少し足を止めた。音を確かめるように。二条城の鶯張りを歩くときと、同じ癖だった。
拓哉はそれを、黙って見ていた。
参道を歩きながら、沙羅が言った。
「ここ、何回来ても同じ気がする」
「同じ?」
「うん。季節変わっても、人が変わっても、ここだけ同じ」
「それがいいのかな?」
「それがいい」
沙羅が落ち葉を一枚拾った。赤いもみじだった。くるくると回しながら歩いた。
「拓哉って、変わった?」
拓哉は少し考えた。
「わからない」
「そうだよね」
「沙羅は」
「私も、わからない」
沙羅が落ち葉を放した。風に乗って、どこかへ飛んでいった。
本殿にお参りして、境内のベンチに座った。
観光客が行き来していた。七五三の家族連れが通った。子供が着物を着て、歩きにくそうにしていた。父親が手を引いていた。
沙羅がそれを見ていた。
「かわいい」
「だね」
「自分が七五三の時って、覚えてる?」
「覚えてないな」
「私も覚えてないけど、写真だけある」
「どんな写真」
「泣いてる写真」
拓哉は笑った。
沙羅が拓哉を見た。
「珍しい」
「何が」
「拓哉の笑った顔」
「え、笑ってなかったっけ」
「最近あんまり笑わないじゃん」
拓哉は返事をしなかった。
沙羅が前を向いた。また別の七五三の家族が通った。
「ねえ」
「うん」
「拓哉って、何か隠してる?」
拓哉は沙羅を見た。沙羅は前を向いたままだった。
「隠してないよ」
「そっか」
沙羅はそれ以上聞かなかった。
風が吹いて、落ち葉が舞った。
帰り道、出町柳の商店街を歩いた。
豆餅で有名な和菓子屋の前に列ができていた。沙羅が並びたいと言った。二十分ほど待って、豆餅を二つ買った。
川沿いのベンチで食べた。
沙羅が一口食べて、目を閉じた。
「おいしい」
「食べたら、毎回同じこと言うねw」
「だっておいしいんだもん」
鴨川の水が光っていた。向こう岸に等間隔のカップルが並んでいた。いつもの風景だった。
沙羅が川を見ながら言った。
「ずっとこういう日が続けばいいのに」
拓哉は返事をしなかった。
ずっと、という言葉を、頭の中で繰り返した。
ずっと。
続けばいいのに。
豆餅を一口食べた。甘かった。
沙羅のアパートの前まで送った。
階段の前で、沙羅が振り返った。
「今日、楽しかった。ありがとう」
「うん」
「また行こう、どこか」
「どこがいい?」
沙羅が少し考えた。
「貴船」
「冬の貴船?」
「寒いのが好きなんだよね」
拓哉は頷いた。
「じゃあ貴船で」
沙羅が笑った。
その笑顔を見て、拓哉は思った。
この顔を、どこかで何度も見た気がする。ついさっきも見た。でもそういう意味じゃなくて、もっと前から、ずっと前から、この顔を知っている気がした。
当たり前だ、と思った。
ずっと一緒にいたんだから。
沙羅が階段を上がっていった。
拓哉は沙羅が部屋に入るまで、その場に立っていた。
アパートに戻って、電気をつけた。
本棚の上の写真が見えた。
沙羅が目を細めている写真。
今日の沙羅の笑顔と、重ねた。
同じだった。
当たり前だ、と思った。
同じ人間なんだから。
電気を消した。
