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チップ    その4

〇三角公園
   三角形の狭い土地に、砂場と滑り台、ベンチがあるだけの公園。
   デニムのサロペット、キャップを被った芳美、来てベンチに座る。
   芳美以外には誰もいない。
芳 美「……」
   足をベンチの前に放り出し、上体を後ろに傾け、それを両手で支え、何もせず、じっとして空を見上げている。
   上空は風が強いのか、雲が速く流れている。
芳 美「?」
   その態勢のまま足元を見ると、三毛猫がイタズラをしている。もう母親のミルクは不要だろうが、まだまだ子猫といった風情。
芳 美「あら、三毛猫さん、こんにちは」
   芳美、微笑む。
   どうやら、怒らないらしいと確信した子猫、大胆にも芳美の足をよじ登り、膝までやって来て、芳美の顔をよく見ようとする。
芳 美「あら、大胆ですね。私は、戸田芳美という人間です。どうぞ、よろしく」
   子猫は不思議そうに首を傾げる。
   愛くるしいが、だいぶ汚れている。
芳 美「あなた、一人なのね? 私と同じで家族がいないんでしょう? 大丈夫? やっていけてる?」
   子猫は首を傾げる。
   芳美、そぉっと子猫を撫でる。
   子猫は芳美に、甘えるように目を閉じる。
芳 美「かわいいねぇ」
   自転車に乗った制服姿の小山内、公園の入り口を通りかかり、芳美を見つける。
小山内「(芳美に)こんにちは」
   芳美、声のする方を見て小山内に、
芳 美「あ、エサはやってないんで、大丈夫です」
小山内「……?」
   小山内、自転車を降りて公園に入ってくる。
小山内「別に咎めてませんよ。知ってる顔だから挨拶しただけ。しかも、可愛い猫がいる」
芳 美「ごめんなさい。デートの邪魔をされるのかと思って」
小山内「子猫とデートなんて羨ましいですね。……ノラかな?」
芳 美「この子のお母さん、見ませんでしたか?」
小山内「犬のお巡りさんも困ってしまう案件ですね」
   芳美、笑う。
   小山内、微笑む。
小山内「この辺り、外猫も野良猫も、あまり見ないんですよね」
芳 美「地域猫ってわけでもないようだし」
   子猫、小山内に興味を持つ。
   小山内、人差し指を出し猫に嗅がせる。
   子猫はそれで満足した様子で、芳美にもたれてウトウトし始める。
芳 美「わ、どうしよう」
小山内「可愛すぎて、動けませんね」
   2人とも、たまらん! という顔をする。
芳 美「犬のおまわりさんは、猫飼えないんですか?」
小山内「人間の小山内は、警察の寮に住んでいるので飼えないです」
芳 美「そっか……。私も無理だなぁ」
小山内「大家さんなら、許してくれそうですけどね」
芳 美「私、持病があって、自分の面倒すらままならないんです。それなのに猫の世話なんて無理です。幸せにしてあげられない」
小山内「ただ可愛い、寂しいからという理由で飼ってしまう人でなくて安心しました」
芳 美「……どうも」
   小山内、ウトウトする猫の足を、そっと一瞬、持ち上げる。
   子猫、されるがまま。
小山内「(訛って)まぁ、やっぱメスだよな。三毛だし、顔つきも女の子」
   と、猫の頭を指で撫でてやる。
   芳美、小山内を見る。
小山内「(訛って)メスなら群れで暮らしてるはずだろ。おめ、やっぱ、迷子の子猫ちゃんか?」
芳 美「そうなんですか?」
小山内「えぇ、オスだと独立後は単独で行動するんですけど、メスは母猫や姉妹など血縁関係のあるメス同士で群れを作って、子育てを助け合う傾向があるんです……って、聞いた事があります」
芳 美「へぇ。小山内さんって猫に詳しいですね。それと、人間と話すときは標準語だけど、猫と話すときは訛るんですね。どちらのご出身ですか?」
小山内「え? 訛ってましたか?」
芳 美「とても、優しい口調でしたよ」
小山内「すっかり東京に染まったと思ったんですけどね……」
芳 美「いいじゃないですか、お国言葉。私は長崎ですが、本当にもう抜けてしまいました。向こうには家族もいないし帰ることもないから」
小山内「そうですか。僕は宮城の、南三陸町です。えぇっと、ワカメとかタコとか美味しいです」
芳 美「そうですか、南三陸町。なんか聞いた事あります」
小山内「……そろそろ、行きます」
芳 美「お疲れ様です」
小山内「猫は気を付けて見ておきます。では」
   小山内、自転車に急いで戻り、去る。
   芳美、小山内を去るのを見送りながら、子猫を撫でる。
   子猫、全身で伸びをすると、芳美の膝から飛び降りて行ってしまう。

〇スーパーもり・前・夕
   デニムのサロペットにキャップ姿の芳美が、ぶらぶら歩いてくる。
   店の前の自転車置き場で、佐々木と客三人が揉めている。
佐々木「なんで何度も結婚しちゃいけないんですか? それで、その人の人格がダメだって言うなら、僕に聞こえるように父さんの悪口を言うあんたたちの方が最低だ!」
客123「父さん?」
佐々木「そうですよ。店長は僕の父親です! 僕は2番目の妻の子です! 父さんはバツ2じゃありません! 最初の奥さんは事故で亡くなったんです。離れたくて離れたんじゃない。うちの両親が別れたのだって、不倫とかそういうんじゃありません! 子供もろくでなし? じゃ、俺はろくでなしだよ! 俺の良い所なんて、どうせ東大行ってる事ぐらいだから。どうせ……」
   いつのまにか佐々木の後ろに現れた時田が、佐々木の口を手で塞ぎ、体をホールドしている。
   小柄な時田が、自分より大きい若い佐々木を笑顔で抑え込んでいる様は迫力がある。
客123「……」
   佐々木、活きのいい魚のごとく暴れようとしているが自由になれない。
   せめてもの抵抗として何か叫んでいるが、くぐもった声が漏れるだけで言葉にならない。
   そんな状態で時田は、
時 田「お客様、この度はうちの従業員が大変失礼をいたしまして、申し訳ございません。あとでキツく言って聞かせますので、どうか、今回はお許し頂けないでしょうか?」
   時田、笑顔から眉毛をハの字にし「申し訳ない」という顔で謝罪をする。
客123「……」
時 田「あの、お詫びと言ってはなんですが、うちの商品券を……」
   時田、右手をエプロンのポケットに入れようとして、佐々木の口から手を離す。すると、
佐々木「こいつらが、父さんの事! 馬鹿にっ!」
   時田、また佐々木の口を塞ぐ。
時 田「あの、お客様、恐れ入りますが私のエプロンのポケットに商品券が入っておりますので、お取りいただけませんか? 私はこの従業員を絞めておりますので……」
   客123が戸惑って顔を見合わせている。
時 田「あの、左のポケットです。向かって左。お客様から見て左に商品券が……」
   客1、取りに行こうとするが、また佐々木が暴れたのでビクッと怯える。
客 1「も、もういいわっ!」
客 2「行こう……」
客 3「……」
   客123、そそくさと去る。
   時田、客123を見送り、
時 田「……ちょっとぉ、諒らしくないじゃーん。父さん、驚いちゃったよ。もう手を放しても大きい声出さない?」
佐々木「うー」
時 田「よし」
   時田、佐々木を離す。
   佐々木、顔を真っ赤にして深呼吸を繰り返す。
佐々木「……ごめんなさい」
時 田「うん、そうね。今のは良くないね。これから店長として君を叱らなければならないので、事務所においで」
佐々木「……はい」
時 田「でさ、仕事終わったら、今晩、一緒に飯どう? 父親が好きすぎて暴走した息子の話を肴に酒を飲みたいからさ」
   佐々木、照れ笑い。
時 田「それから、お前の長所は学歴だけじゃないよ」
   佐々木、頷く。
時 田「でも、ちゃんとした社会人になるよう厳しく叱ってあげる。さぁ、おいで」
   佐々木、笑顔が引きつる。
   時田、佐々木を連れて行こうとした時、少し離れたところで芳美が見ていたのに気付く。
時 田「あら、戸田さん」
芳 美「こんにちはー」
佐々木「……い、いらっしゃいませ」
   芳美、ニコニコと笑う。
時 田「何? 見ちゃいました?」
芳 美「こんな事言っちゃいけないのかもしれないけど、(時田の声がかぶって)なんか、いい親子だなって」
時 田「え?(芳美の言葉に被せて) 店長素敵! 結婚してって?」
芳美・佐々木「(時田に)なんでだよっ!」
   3人、フフッと笑って、時田と佐々木は店の奥に、芳美はカゴを持って買い物のために店内へ入る。



◇◇INDEX◇◇
その2 https://note.com/suzukitsukiko/n/nf1ee50116115

その3 https://note.com/suzukitsukiko/n/nd66b8a849703

その5 https://note.com/suzukitsukiko/n/nd8400fba96ab

その6(最終) https://note.com/suzukitsukiko/n/nb15eb050a35f

その1(登場人物表など)https://note.com/suzukitsukiko/n/n7e2f9cfcaa2a


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