「着物を着ている人が羨ましい」?
「洋服を着ている人が羨ましい」という人など現実的にいないと思うのだけど(”シャネル”を着ている人が羨ましい、とかはあるかも知れないけど)こと、着物に関してはどうも「着物」を着ているだけで羨ましいと感じる感受性というのが、この世、って言ったら広げすぎか? 日本国内? には存在しているような気がしてならないんですけどまーエビデンスはありませんよ。でも世の中の「着物警察」しぐさの全部じゃないけど一部にはこれ系のマインドが噛んでると思うんですよねぇ。どうですかねぇ。
いや私にはかつてありましたねえ。そういう気持ちが。「着物を着られる人が羨ましい」か。どっちかっていうと。
で、羨ましさが高じて着付け教室に通うことになりました。で、なんだかんだ2年半ほどかけて70回ほどのカリキュラム、3回の実技試験と筆記試験を経て所謂「看板」をいただくに至り。で、なんとかかんとかその羨ましき「着物を着られる人」になったのです!!! 何はともあれ通うと決めて通い切った過去の私GJ!!! でも結局そこで終わりそうもないというのは前回noteに書いた通りなんですけど。
しかしこの「羨ましい」と思う感情をあまり深くは掘り下げずに来たなあ、と、ふと気づいたのです。あさーく説明はできる。成人式に振袖着ないでその金で卒業旅行行ったからの心残りなのかなあとか、娘の成人式のしたくしながらうっかりウキウキしちゃったからその勢いかなあとか。それもなくはないけど、両方成人式絡みでしかないし、別に「振袖が着たいっ!」てわけじゃない。私が「羨ましい」と思っちゃったのは、ちょいとそこまで粋に着こなす系の妙齢の女性(時々男性)の方。実は着慣れてそうでも「お茶を習ってる人系」(系?)のきっちりした着物系(系?)には然程食指が伸びずで、この感覚は今でも残っており少し不思議だ。
実は昨年末(師走)に「看板」貰ってやっと私は自分にGOサインが出せ、ミックスコーデが主ながら年明け1月から月に15〜20回という高頻度に着物を着用して出かけられるようになった。オーソドックスな着物も着られます、なんなら人間相手に振袖の着付けと袋帯で「ふくら雀」を結ぶところまで15分でできちゃいます! けど、あえて(あ・え・て!)今日はラフにニットの上にウールの単衣を着てお出かけしてるんです、ブーツ姿なのもあえてです(あ・え・て!)。
って誰に向かって言ってるんでしょうね? でも「あ・え・て!」って自分に対してやっと言えるようになった。そこまで2年半かかった。いやそれ以前にも結構、けっこ〜〜〜な着姿でも出歩いてたでしょ(出歩いてました)その黒歴史も愛おしいのは愛おしいのですよ(過去noteの多くも……微笑)あの自分あっての今であるというのも確か。でも「あ・え・て!」ていう気合いは「看板」貰ってやっと身についた。真面目か。権威の犬か。
所詮は自らの裡の問題です。
そして世界はその投影。いま解像度の無駄に上がった私の目には、世の中にいる「着物を着ている人を羨ましいと思っている人」が結構な頻度で映り込む。「着てみたいとは思っているんですけど」「興味はずっと前からあるんですけど」「成人式以来着てないんですけど」「自己流でYouTube見ながら頑張ってるんですけど」「浴衣ならなんとか着れるんですけど」「実家の箪笥にはいっぱいあるんですけど」エトセトラ、エトセトラ……。
けどけど。
これ、つまり言い換えると——潜在的な着物人口の塊なんですよね。
着物”業界”の方! この「けどけど」層をどう掬い上げるかが、キモですぜ。
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まじすか👀 めっちゃあざます💕