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恋人なのに、さん付け!?

「もう付き合ってるんだから呼び捨てにしてよ」

そう言われた20代。

何度か挑戦したが、
あまりのしどろもどろな
ぎこちなさに、
相手も諦めてくれた。

申し訳なく感じると同時に、
どうして変えなきゃいけないんだという
正直な思いもあった。

相手を思う気持ちは
付き合う前も今も
寸分の狂いなく
変わっていないというのに。

課長が昇進したから、部長と呼ぶ。

そんな嬉しい関係の変化は、
それと同時に
降格したとき課長と呼ぶ
冷淡さも孕んでいる。

と、言うか
お互いの関係の流動性を
呼び方の変化で明確化することに
無粋な印象を抱いていた。

周りや自分自身に
仲の良さをアピールするために
呼び方を変えるのか。

相手のことが好きで、相手もおれのことが好き。
そう感じていることは、呼び方なんかで確認せず
ただ自分の心にだけあればいいのではないか。

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正社員として勤める職場に
同い年のバイトが入る。

彼はおれのことをたまき君と呼び
おれは彼のことをサクマさんと呼んだ。

そのうちプライベートで
つるむほど仲良くなった。

「たまき君さぁ、おれはバイトでたまき君は社員なのに、なんでサクマさんなの?」

少し考えて、こう言う。

「同い年で立場に差がある。微妙な関係だからこそ、おれがちょっとへり下るくらいがちょうどいいかなと思った」

それで彼は納得してくれた。

彼が会社を辞めても、お互いの呼び方は変わらず、
おれも辞めて、最初に意図した効果が全くなくなった今でも
お互いの呼び方は変わっていない。

20年経っても変わらない、タメ同士の奇妙な呼び方。

その理由をお互いだけが知っていることに
秘密を共有するような心地よさを感じている。

おれにとって呼び方を変えないことは、
環境が変化しても相手を思う気持ちは変えない。
そんな永続性を自分自身で確認する行為なのだ。

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社会人になって出会った人は
全て「名字+さん付け」で呼んだ。

敬語がすごく下手なので
このルールを死守しないと
めちゃめちゃ不敬な感じがすごい。

それでも周りは許してくれて
仲良くなった人は、年上でも

「呼び捨てでいい」

なんて言ってくれたりもする。

毎回それを断るのだが、
その理由として上記を説明する。

そして2年前、仕事を辞めた。

同時に、やりたいこと以外は
やらないで生きることを決意する。

新たに立ち上げた
おれだけが所属する法人としての
顧客はそのままだけど、
これ以上に客はとらないと決めてから
ある変化が起こった。

「名字+さん付け」がしっくりこない。
そんな人と、ちらほら出会うようになる。

呼び方を変えないことが
自分のアイデンティティと思ってたのに。

  思春期の頃、陽キャになりたくて
  女の子を「ちゃん付け」で呼ぶことにした。

  恥ずかしすぎて、実行できたのは
  1人の子だけだったけど。

  相手もそれを受け入れてくれて
  なんだ、順調じゃんと思って続けたのに
  実は自分でも気づいていない
  心の負担がヤバかった。

  急にその子と話せなくなった。
  避けるようになった。

  だってバカみたいじゃん。

  クソダサにきびの中坊が
  女の子にちゃん付けなんて。

心が求めない無理はしないほうがいい。

相手のことをなんて呼ぶか
ちゃんとしっくりくるやつを選ぶ。

これまでやってこなかった
こんな作業が可笑しくて
なんか思春期に戻ったみたいだな。
なんて思っている。

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