バズる実家|ショートショート
爪毛さんの企画に参加させていただいております
男が自宅カフェを始めて1年が経った。
全財産を叩いて実家をリフォームし、大繁盛を夢見て開業したはいいが、泣かず飛ばずで最近はローンの返済も苦しい。
今日も客足は遠く、店内には常連客である有閑マダムひとりきり。
彼女はいつも昼時にやってくると、退屈そうにコーヒーを飲んで帰っていく。
男は閑散とした店内を見つめながら、憂鬱な気分で物思いに耽っていた。
ーーこの1年、無意味だった。
男は思い詰める。
いや、こんなカフェを開いたのがそもそもの間違いだったのだ。
「ほぅ」
突然、声がした。
男が振り返ると、その場に似つかわしくない、シルクハットを被った老紳士が立っている。
「それなら、その世界を味わってみるか?」
男は呆然と実家を見上げていた。
カフェに改装したはずの実家が元通りに戻っているのだ。
隣にいる老紳士がいった。
「ここは並行世界。君が自宅カフェを開くことを選ばなかった世界だ」
男が事態を飲み込めずにいると、ぶくぶくに太った有閑マダムが男の前を通り過ぎた。
「彼女は…」
「そう。君のカフェの常連客。君の店がないこの世界では、彼女はスイーツ食べ放題の店に入り浸り、結果、肥大化」
彼女が胸を押さえて苦しそうに倒れる。
「見なさい。BMI値が高すぎて死ぬ間際だ」
通行人が救急車を呼ぶ騒ぎになっている。
「もどせ!」
男はとっさに叫んだ。
「俺をもとの世界にもどせっ!」
気がつくと男は店内に立っており、テーブルでは細身の有閑マダムが退屈そうにコーヒーを飲んでいる。
シルクハットの老紳士の姿はもうない。
男は夢うつつの中で理解した。
たとえ店をバズらせることができずとも、
客の脂肪燃焼効果をバズらせているのだ。
そう思うとほんの少し誇らしげな気持ちになった。
(おわり)
