彼岸すぎ、ミイラを買いに行く
はじめまして。
BFCという、文学短編殴り合いイベントの予選で殴られ死んだ作品です。次回はもう少し筋肉をつけ、もう少し長い時間殴られ続けたいと思います。
日本とはすこしだけちがう国の、偽民俗学集のような連作のいっこめになりそうです。よろしくお願いします。
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雨を継いでミイラを買いに行った。
こういう、降ったり止んだりの日じゃないとミイラ売りは店を開けない。
だんだんミイラを持つ家庭が少なくなっているという。けれどそうした問題の背景には、ミイラ売りの側の配慮のなさもあるんじゃないかとわたしは思うのだ。言われた通りの天候の日にミイラを買いに行こうと思うと、彼岸虫を外に出すのに一苦労する羽目になる。
彼岸虫の正式名称はわからない。ミイラをしまう階段箪笥に、いつの間にか湧いてしまうあの金朱色の羽虫を、ここらではそう呼んでいる。
作法通り、まず北か東の窓をひらく。それからミイラの箱がある階段箪笥の引き出しを開けると、爆ぜるような音を立てて、虫どもは窓へと飛び出していく。晴れていればそれで済むはずで、実際、晴れ間を選んで引き出しを開けているのだが、たまたま途中で雨が降って来たりすると、連中、さっさと戻って来てしまうのだ。
おおきな害があるわけではないけれど、あれはどういうわけだか火傷のような傷を皮膚に残す。
それがどうにも不愉快なので、抗議したことはあるけれど、老婆はいつものずるそうな目でわたしを見たあと、カラカラ笑って言った。
「だってねほら、雨降ってばっかりの日だとお客さんは来ないし、乾いてばっかりの日じゃねえ。ミイラさんが乾いて、かわい子ちゃんになっちゃう」
ミイラ。かわい子。
遠すぎる。
「い」が繋がっているのが逆に腹立たしい。今日もあの言葉遣いを聞かされるのかとうんざりしつつ、自分の服が雨で湿っているのを確認してから、店に入った。
老婆との取引は、彼女の愚痴を聞くのが最初の支払いだ。
昔はどこの家にもミイラがあったの、今の人は死を怖がりすぎだの。
一通り聞いたあと、老婆はわたしを見る。
「体型は、変わらんね。ミイラになれば痩せも太りも同じだと言うのもいるけど、あたしはそうは思わんよ。脂肪がしっかりある方が、蝋化したときの肌艶がずっといい。あんたももうちょっと、太った方がいいんだがねえ」
美容専門家のようなことを言いつつ、彼女はほいっと蓋の開いた木の箱を渡してくる。中には確かに、赤ん坊ほどの人間のミイラが入っている。
「あんたのミイラだよ」
「去年のは虫に喰われまして」
「彼岸の常だよ」
当たり障りない話の後、八千八百円(内税)を払い、外に出る。
「晴れてきた」
背後で忌々しそうな老婆の声。
「はよ帰りなよ。でないと」
「かわい子ちゃんですね」
返事したあと、素直に早足でわたしは帰る。
実のところ、わたしはミイラ売りから自分のミイラばかりを買うわけじゃない。
全く理不尽だと思うが、他人のミイラのお使いにもよく行かされる。
「だってあんたじゃないとあのばあさん、扉を開けないから」
使いに出す方は一様にそう言うが、他人にへいきで自分のミイラを預けると言うことに、現代の倫理観の乱れをひしひしと感じる。正直、日本の危機だと思う。
老婆は、わたしを見るとまた愚痴をこぼす。それから出し抜けに、蓋付きの木箱を押し付けてくる。
「開けるんじゃないよ。◯◯さんのだろ」
最初こそその千里眼っぷりに驚いたが、やがて慣れた。ミイラ売りなんて、そんなものなのだろう。
一度、扉を開いたら、老婆がまじまじとわたしを見つめてきたときがある。
その時は職場の同僚のミイラを頼まれたのだが、老婆は開口一番「あの男のはないよ」と言った。「もう地獄にしか」
わたしは訳がわからず立ち尽くした。老婆は暗い部屋の奥で、わたしをじいっと睨め付けるばかりだ。
「それは……」
「わかるだろ」
わたしはくるっと踵を返し、翌日、同僚には適当な理由をつけて買えなかった事を謝った。彼は何かを察して黙り込んだ。言うまでもなく、数日中に彼は死んだ。
よく知られた迷信。人は極楽とこの世界と地獄とに三つの体を持ち、相互に関連しているというあれ。ミイラ屋で売っているミイラは、地獄にいる自分の忠実な写し身であるというあの説。
この真偽が生きている人間に分かろうはずもなく、ただ老人の繰り言として現代に細々と生きている。
けれど時折思うのだ。それが真実なら?
わたしは夜半、わたしのミイラの箱をひらく。
そして魚たちの水槽の青いライトに照らされるその姿を見ながら、皮膚を這うこの世のものではない虫たちを見ながら、じっと待つ。
ミイラが動いて、その瞳をわたしに向けるのを。
そこに映っているだろう、この世界の何よりも紅い、地獄の業火を。
