『きっとあなたの1400字』まとめ
VRCイベント言ノ葉の集い企画『きっとあなたの1400字』投稿作品まとめ
詩を書くことにしたんだ
詩を書くことにしたんだ、と彼は言った。
そうなんだ、と私は返した。
それは冗談ではなさそうで、一時の気の迷いでもなさそうで、感傷や哀愁でもなさそうで。
本気みたいだったので、私はどう答えていいか迷ってしまった。
どうして急に、と尋ねると、彼は少し考えて、喩え話をするのが楽しいと気づいたからかな、と言った。
喩え話って、例えば? と冗句のような質問をしてしまい、少し恥ずかしくなる。
例えばね、と彼は私の冗句のような質問に少し笑いながら答えてくれた。
「例えば僕は炭酸水が好きなんだけど、無味でもレモン味でもね。じゃあそれを題材にして詩を書こう、と思うんだよ。詩って散文と韻文だとか、勅諭と暗喩だとか、技法的なものはいろいろあるんだけどそんなのは僕知らないからさ。適当に喩えるんだ。炭酸水、水、空気、泡、弾ける、冷たい、美味しい、とかいろいろ炭酸水の特徴とかあるだろう。じゃあ水って何に喩えられやすいかな。空気って何に喩えられやすいかな。そういうことを考えていく。水とか空気だとありきたりだから、弾ける、とか、冷たい、とか使ってみようかな。炭酸水を床にこぼしたときの水の上の泡の散らばり具合を、何かに喩えられないかな。ぽつぽつ浮かんでは消えていくから、瞬く星とかどうかな。そうやって考えていって、僕は詩を書くんだ」
彼は一息でそう説明してくれた。なるほど? と私は疑問形で納得する。要は連想ゲームみたいなものか。それなら私にもできそうな気がする。じゃあ今の炭酸水の話の詩はどんなのになるの、私がそう言うと、彼はまた少し考えてチョークを手に取った。
「夜空にまたたく星を見て
僕は今日こぼした炭酸水を思い出した
そういえばあの炭酸水も
こぼれた水面に泡が浮かんで
弾けて消えてを繰り返していた
夜空は実は水なのだろうか
ああして光る星という泡が
浮かんでは光って弾けて消えて
この地球ももしかしたら
ただの泡の一つに過ぎず
いずれ弾けて消えてしまうのか
そんな切ないことがあっていいだろうか
“切ないからこそ美しい”などという
自然主義者じゃあるまいに」
すらすらと彼は途切れずに、この詩を諳んじた。一体どういう思考回路を辿れば自然主義者に辿り着くのか私にはわからず、ぽかんと間抜けに口を開けて聞いていたと思う。私は彼が言い終わったことに気付いてそこでやっと口を閉じ、ゴクリと唾を飲み込んだ。えーと、すごいね? とまた私は疑問形で彼を讃えた。ありがとう、と彼は私の疑問形を素直に受け取り微笑んだ。君も書いてみたら、と言われたので、私はうーんと少し考えて、私には無理そうかな、と答えた。
どうして? と聞かれたので、私には想像力が足りないみたいだ、と返す。想像力が足りない詩というのも、読んでみたいけれどね、と彼は笑った。
夢見る兎
私達兎が月に住むことになったのはいつ頃からだろうか。確か約1400年前とか、短くてそれくらいだったらしい。
地球の人間が月に兎を見つけたから、私達はここに現れた。
殺風景なこの景色も私達は気に入っていて、地球よりも高く跳ぶことができるらしいこの環境、それに頭上を見上げれば青い星をはじめとした惑星が並んでいて、太陽と地球の位置によってずっと昼だったりずっと夜だったりする。地球では確か1日ごとに昼と夜が交互にくるらしいから、私達の生活よりずっと忙しそうだ。
私達の祖先は縁結びの神となった兎がいるらしい。サメを騙して皮をはがれ、そして救ってくれた神と女神の仲を取り持った。
この前月に来た人間の女の子を思い出す。帰りたいと泣いていた。ずっと一緒に居た男の子がいるのだと話してくれた。大丈夫、これは夢だから、起きたらちゃんと地球にいるよ、と慰めても、なかなかそれを信じてくれず涙は止まらなかった。
彼女は定期的に宇宙に来る夢を見るのだと言っていた。月ならまだましな方で、一番遠いときは銀河系すら違う聞いたことのない惑星に飛ぶのだと言っていた。
距離の単位が光年になってしまったら、彼との時間がどんどんずれて、彼は大人になってしまって、でも彼女は子供のままで、彼において行かれてしまう。それが怖いのだと、彼女は語った。
私は彼女をなんとか慰めようと白兎の神話を話した。私があなたと彼の間を結ぶよ。ほぼ出まかせのような言葉だったけれど、彼女は少し安堵したようで、涙で滲んだ瞳のままありがとうと言ってくれた。
彼とは幼馴染なんだ、と彼女は彼との話を聞かせてくれた。小さな頃から一緒だったこと、恋人ではないけどお互い大事な人であること、夏祭りで花火を見たときそっと手を繋いだこと、毎日メールは欠かさないこと、十五夜の月を見上げて兎が見えるか確かめたこと。
白兎の神話は初めて聞いたようで、帰ったらちゃんと調べてみるよ、と彼女は言った。大丈夫だよ、と私は声をかけながら右手で彼女の目尻に溜まった涙を拭った。その雫はまだ体温ほどの熱を持っていて、ああ人間はこんなに温かく泣けるものなのかと少し驚いた。
この温度が彼女の温度で、そして彼に向けられた温度で、きっと彼も同じくらいの温度を彼女に持っていて。人というのは私が思っているより温かい生き物らしい。
ねえ、と彼女は私に尋ねた。好きな人とかいないの? と。考えたことがなかった。私の憧れはずっと縁を結んだ祖先にあって、神になりたいわけではないけど、縁を結ぶということが素敵に思えていたから、そうなりたいとばかり考えていた。
このことを話すと、じゃあ、と彼女は少し笑顔になって、私と彼の縁を結んでくれたらあなたはもう神様だね、と私の手を握った。神様まではいかないよ、と言うと、私にとっては神様だよ、と彼女は握った私の手を自分の額にあてて、また涙を零した。
しばらくして彼女は消えていた。夢から覚めたのだろう。どうか彼女が、彼と共に、同じ時間を歩めますように。私は祖先の白兎に、そう、祈った。
終わりの朝
朝は終わりの時間だ。僕らにとって。
朝焼けは夕暮れ。陽の光は月光。
夜空はただ濃いだけの群青色の青空。
その濃い青に僕らは包まれて隠れていたいのだ。
月の冷たさに心地よさを覚え、その薄暗さに安心を覚える。
僕らに太陽は、暑すぎて眩しすぎるから。
僕らの太陽は、HMDの中にある。
僕らの青空は、HMDの中にある。
なのになぜ、僕らは夜に夜闇の広がった部屋の下に集まってしまうのだろう。
「そろそろ落ちる? もう四時だけど」
「もう四時。まだ四時」
「もう、だろ」
「ううー」
彼は頭を抱えて呻いた。
「寝たくないし起きたくないぃ」
ゴーグルの下の部屋の外は夜空のままだ。けれどゴーグルと鼻の隙間から差し込んでくるのは、本当の世界の朝焼けだ。
「明るくなるの、早くなったな」
「そうだねー」
夜が長いほど、僕らは安心する。朝焼けがうす暗いほど、僕らは安心する。
ぽつりぽつりと人が落ちていって、おやすみが当然の挨拶になって、僕らは寂しさを紛らわせながら、ゴーグルの外の世界を生きなければならない。
この世界を知らなかったとき、僕らはどうやって生きていたんだろう。
僕らはこの寂しさを知らないふりをして、ずっと生きてきたんだろうか。
僕らはここで出会ったから、寂しさを知ってしまったんだろうか。
僕らの寂しさは一体どこで、出会ってしまったんだろうか。
こうして似たような寂しさを抱えた人達がひっそりと集まって、何気ない話をして時間が過ぎるのを待って、寂しさとか忙しさとか疲れとかを誤魔化し合って。
「……やだなー世界」
ぽつりと呟いた大仰な言葉に、不思議と皆同意してくれる。
「やだよなー世界」
「わかるわー」
例えば僕らが反旗を翻して、現実を虚構に変えられれば、少しは生きやすくならないだろうか。
なんて滅茶苦茶なことを考える。そんなの無理だ。虚構が現実を喰らうなんて。そんな映画もあったけど、少なくとも今の時代では、無理な話だ。
「なんとかなんねーかなー」
「なんないねー」
ぼんやりとした言葉に返されるぼんやりとした否定の言葉。それは肯定でも変わらない。否定でも肯定でも変わらない。口にするだけで変わるなら、世界はもっとぐちゃぐちゃになっているはずだ。
「――そろそろ、落ちるか」
「……そうだな」
いつも落ちようと言い出してくれる奴は決まっている。こいつがいなかったら別のやつが、それもいなかったら終わらず誰か寝落ちるまで。僕らはここから動かない。
「はー今日も終わりかー」
「寝て起きたら明日だな」
「明日来てほしくねーなー」
「しゃあないねー」
じゃあおやすみ、おやすみ、とぽつりぽつりと人が消えていく。最後に残りたくないから、みんな大体同じタイミングでログアウトボタンを押す。目の前が真っ暗になる。世界が黒くなって僕はゴーグルを外す。カーテンの隙間からはもう微かに明かりが差し込んでいる。もうずっと寝不足だ。でもそれを天秤にかけてでも、僕はあの世界に少しでも長くいたい。病的だと言われても。僕は現実より虚構のような現実がいい。
部屋の電気を消して布団に潜り込む。疲れ切った限界の体は気絶するように眠りに落ちる。
あのゲーム自体死神のようなものだよ。と、言っている物書きもいた。
僕らの寿命を喰らってどんどん大きくなるあの世界。
それならば別に、魂くらい差し出してもいいかな。
俺はいつも現実を生きながら、その死神のことを考えている。
ガラスの向こうの君と僕
ガラス一枚隔てた向こうに、君はいる。
アバターというガラスを通してしか、僕は君を見ることができない。
君だけじゃない。この世界にいる人たちは、みんなそうだ。
みんな勘違いをしている。そのガラスはひどく透き通っているものだと。
でも僕にはそうは見えない。そのガラスはひどく歪んでいるものにしか。
みんなのその姿は、“本当”の、“真実”の姿じゃないことは、きっと皆わかっているはずなのに。
その姿は自分の憧れだったり、目標だったり、好きな人だったり、好きな物だったり、そうした願望や羨望、欲望が入り混じったものだと、僕は思っている。
だからそれは、その人であって“その人”ではない。
その姿は、君であって“君”じゃない。
僕が君の本当の、真実の姿を見たいと思わないのは、“君”じゃない君を好きになったからだ。
その姿は、その声は、その話し方は、仕草は、言動は、君であって君でないもの。
僕が好きになったのはこのバーチャルな空間にいる“君”という存在であって、現実の世界の君がどういう存在なのか、僕は興味がない。
僕も結局、ガラスの向こうに引きこもっているひとりのユーザーでしかないからだ。
僕は本当の真実の僕を皆の前に晒したいと思わないし、知らないでいて欲しいと思っている。
現実の僕など詮索しないでほしい。きっと皆、幻滅するだろうから。
だから僕はこの世界が好きで、だから僕はここにいることが好きで、僕だけど僕じゃない姿でいるのが好きだ。
だから君が僕を好きになってくれて、現実の僕まで愛そうとしてくれるのは、それは君のエゴだ。
僕はそういう君の人間らしい部分も好きだけど、同時に嫌いでもある。
僕が君と話せるのはここが現実ではないからで、僕が君に触れられるのはここが現実ではないからで、君が僕に触れられるのはここが現実ではないからだ。
君は僕の本当の声や、姿や、姿や、仕草を知らない。
現実の僕など知らないままでいてほしい。
だから僕は君の現実に介入しようとは思わない。
君は君の現実を、生きてほしいと思っているから。
君が僕をその現実で、共に生きたいと思ってくれるのは、もちろん嬉しいことなのだけど。
それができないから僕は、できないからこそ僕は、そういう人間らしさが嫌いで、同時に好きでもあるんだろう。
君はきっとこの空間を、現実の世界の中のひとつだと、そう考えているのだろう。
でも僕にとっては、ここが現実だから。
ガラスに囲まれた電子部品でできた僕など、人間らしさのひとかけらもないのだから。
だから僕は、君が好きなんだ。
