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諦めたことは、数えられていない

数えようと思えば、数えられます。誰も数えていないだけです。

この記事は、数えられていないものを、一つずつ数え直すところから始まります。


出身業界で数える

介護給付費分科会は、24人で構成されています。
医療の専門職団体、介護の事業者団体、介護の専門職団体、当事者・家族、学者——出身業界で数えると、こういう内訳になります。

このうち、介護の専門職団体からは2人が入っています。私はこう感じています。

「その分科会の2名も現場の現状を伝えられる人かどうかわかんないじゃん!」

出身業界で数える限り、この2人は「現場の代表」です。名簿としては、それで筋が通っています。

ですが、私が知りたいのは、出身ではありません。今、現場にいるかどうかです。同じ団体に籍を置いていても、10年前に現場を離れた人と、今日もシフトに入っている人とでは、語れることが違います。


今も現場に入っているかで数え直す


出身業界で数えるのは、いちばん一般的なやり方です。ですが、肩書きと、今の実務は、別のものです。

そこで、数える軸を変えました。
24人全員について、「今もシフト・訪問・診療の実務に入っているか」を確認しました。

A 現在も現場に入っている             0名
B 離れているが5年以内に現場実務があった     0名
C 現場実務が10年以上前・経営や団体の役員のみ   0名
D 現場実務が無い(学者・首長・官僚出身)     8名
 不明(公表情報では判定できない)       16名

出身業界で数えれば「代表2名」でした。今も現場に入っているかで数えると、確実に現場にいる人は、0人です。数え方を一つ変えただけで、変わったのは何を数えるかという、こちらの基準だけです。

制度と現場の間にある齟齬は、委員自身の言葉にも表れています。

「現場では時間の概念でないという指導を受けております。」

——馬袋委員(社会保障審議会介護給付費分科会第83回議事録、2011年10月31日)

一度も確認されていない——分科会以外でも同じだった


この0人が、今年だけの数字なのかを確かめました。
2001年、2011年、2016年、2021年——過去の委員名簿を遡って、同じ軸で数え直しました。

すべての時点で、現在も現場にいる委員は、0人でした。25年間で唯一、現場経験を持つ委員が1人だけいます。

若い頃に老人ホームで寮母から係長まで勤め上げ、後に介護福祉士会の会長になった方です。ですが、その方が会長に就任した時点で、既に現場を離れて10年以上が経っていました。

「いたが減った」のではありません。この四半世紀、現役の現場実務者は一度も確認されていないのです。

この場が無いことを、審議会の中から求めた委員もいました。

「現場の仕事をなさっている皆さんとか……そういう現場で苦労されている皆さんがどう考えておられるのかという議論をするような場をぜひつくっていただきたい。」

——田部井委員(社会保障審議会介護給付費分科会第123回議事録、2015年6月25日)

2015年に求められた場は、私が確認した2026年時点でも、まだできていません。

同じ確認を、障がい福祉分野の審議会でも行いました。
2012年度と2024年度の報酬改定検討チーム、2016年・2024年・2026年の障がい者部会——いずれの時点でも、現場実務者は確認できませんでした。

私は当初、これを介護と障がい福祉だけの話だと考えていました。
さすがに医療は違うだろう、と思っていたからです。

診療報酬を扱う中央社会保険医療協議会には、医師が委員として入っています。医師が入るなら、現場の声も一緒に入るはずだ、という考えです。

確かめてみると、単純な話ではありませんでした。診療側委員7人のうち、業界メディアの記事や医師会の公式サイトから「臨床を行っている」と読み取れる人は、2人います。
ですが、外来担当表のような一次資料まで遡って確認できた人は、7人中0人でした。

医療は現場の声が入り、介護は入らない——そう言い切るのは、正確ではありませんでした。
正確なのは、「制度全体が、今の現場を確認できる設計になっていない」ということです。介護(0人)ほどではないにせよ、医療も同じ空白を抱えています。

2025年10月に退任した委員は、その挨拶で、こう述べていました。

「私自身は……地元福井県の片田舎で、地域密着型の小さな病院の理事長、院長として今なお、外来、在宅、入院等、現場の第一線で地域医療に携わっている現役ばりばりの医師でもあります。」
「もし私にしかできないことがあるとすれば……今でも直接患者さんを診ている現場の医師として、今、現場で何が起きているのかということを……少しでも、この場で、臨場感を持って皆さん方にお伝えすることが、それこそ私しかできない使命の1つと肝に銘じ、この5年間務めてまいりました。」

——池端委員
(中央社会保険医療協議会総会第623回議事録、退任委員本人の挨拶、2025年10月29日)

現場にいながら委員である状態が、本人にとっても「私にしかできない」例外だったということです。


数えようと思えば、数えられる


「今の現場が分からない」というのは、仕方のないことのように聞こえます。ですが、それは正確ではありません。数えようと思えば、数えられるものが、実際にあります。

生活保護を受ける資格がありながら、実際には受けていない人の割合を、捕捉率と呼びます。日本では、複数の研究でおよそ1割から2割と推計されています。

ドイツでは8割から9割、イギリスでは9割近くが受給しており、日本の低さが際立ちます。制度を使わなかった側を、既存の統計を突き合わせて数値化した例です。

なぜ低いのか、という考察もあります。

「日本では約79%というかなり多くの低所得者が『中流』だと誤認している。この誤認が捕捉率を押し下げているのではないだろうか。」

——藤澤三宝子氏(東京大学公共政策大学院、JGSS研究論文集[7])

家族の世話をしている中学生のうち、大人に相談した経験が無い人は、7割近くにのぼります。相談しなかった理由を聞くと、「相談しても状況が変わるとは思わない」という諦めが、世話の時間が長いほど増えていきます。

1日3時間未満の人で17.3パーセント、7時間以上の人では40.0パーセントです。諦めの深まりまで、段階的に数字になっています。

職場でパワーハラスメントを受けた後、「何もしなかった」と答えた人は、4割近くいます。その理由でいちばん多いのは、「何をしても解決にならないと思ったから」でした。

分野の比較ではありません。行政が本気で測ろうとすれば、諦めは数値化できる、という証明です。

数えようと思えば、数えられます。誰も数えていない、という状態が、介護の現場と審議会の構成では続いているだけです。


そもそも数えられていないもの


数えられている側と、数えられていない側を、並べてみます。
介護サービス施設・事業所調査は、法人名や在所者数、従事者数を、資格や職種ごとに細かく数えています。賃金構造基本統計調査も、雇用形態から給与額、勤続年数まで、こと細かに数えています。

一方で、「なぜ辞めたか」「なぜ夜勤を諦めたか」「本当は何を望んでいたか」は、これらの基幹統計の調査項目に、そもそも含まれていません。
数える技術が無いのではありません。
数える項目を、誰も作っていないのです。

もう一つ、私が気になっている数えられていないものがあります。現場で働き続けるために、個人的に何かを諦めた人の数です。

夜勤を諦める。結婚を諦める。子どものいる家庭を諦める。

私はこう見ています。

「一緒です。家族で世話ができる兄弟や親、祖父母が連携。または、夜勤をあきらめる(夜勤できないとパート契約にするなど)。」「これも、介護職員でのあるあるで、結婚するタイミングが遅くなったり結婚をあきらめたり子供のいる家庭をあきらめたりする人もいる。」

これらは、どの統計にも載りません。離職率にも、採用率にも、有効求人倍率にも現れません。

辞めていないからです。働き続けているからです。

なぜ、これが問題として上がらないのか。現場が、吸収してしまうからだと思っています。夜勤に入れない人がいれば、入れる人が代わりに入ります。

誰かが諦めた分を、周りの誰かが埋め合わせます。私はこう考えています。

「仕方ないです。一緒に働いている職員を尊重したり採用を見送ったり。」

それは、一緒に働く人への尊重として行われるので、問題として声にならないのだと思います。

一つだけ、正直に書いておきます。
「夜勤を諦めてパート契約に切り替えた」ということを、個人の変化として直接示す統計は、見つかりませんでした。
分からないことは、分からないと書きます。

声にならないものは、数えられません。数えられないものは、決める席に届きません。


今日、あなたの職場で数えられるもの


25年間確認されなかった委員会の空白も、面接を申し出なかった人も、相談を諦めた中学生も、根っこは同じだと思っています。
数える軸と、数える項目を持たなければ、そこにあるものは、誰にも見えません。

制度の空白は、私には埋められません。ですが、自分の職場の空白なら、数えることができます。

今日、あなたの職場で、夜勤を諦めた人が何人いるか。結婚や出産のタイミングを、後回しにした人が何人いるか。それは、これまで一度も数えられたことが無いかもしれません。

数えたところで、すぐに何かが変わるわけではないと思います。それでも、数えることには意味があると思っています。
数えて初めて、「仕方ない」で済ませていたものが、積み重なった損失だったと、自分の目で確かめられるからです。

数えられていないものを、まず数えるところから、私は始めたいと思っています。


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