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Meet Me @ The Altar「Pain In My Chest」──全米を駆ける〈WORRIED SICK Summer Tour〉真っ只中から届いた、怒りのその先に残る傷を歌うポップパンク

最新リリースシングル 2026/07/24

「Pain In My Chest」

 先月リリースされた「Strung Out」に続く新シングルで、現在バンドはWorried Sick Summer Tourでアメリカ全土を回っている最中だ。

 また、2025年EP『WORRIED SICK』のデラックス版を今年1月にリリース済みで、 4月には北米ツアーも発表されているなど、2026年はバンドにとって非常に活発な年になっている。 

「Pain In My Chest」

 リフが際立つキャッチーさと、ノスタルジックなポップパンクのエネルギーを持つ失恋ソングで、Edith Victoriaのボーカルが曲の感情をこれでもかと引き出している。

「また始まった夜」から「もう知らなくていい」へ
 曲は “Oh, here we go again / Another night, I’m always losing control” という一節から始まる。「また始まった、また夜になると感情があふれ出す」
終わったはずの関係なのに、頭の中ではまだ繰り返されている。“Still don’t know where we stand / Do I pretend like everything is kosher?” 「私たちってなんだったんだろう、全部うまくいってるふりをすればいいの?」そんな自問自答から、この曲は幕を開ける。

 続く歌詞では相手に傷つけられた記憶が次々と積み重なっていく。
 All your lies made me spiral 「spiral」はただ落ち込む、ではなく螺旋状に落ちていくイメージを持つ言葉だ。「あなたの嘘が私をどんどん深みへ引きずり込んだ」。
 さらに “Left me in such denial / Had me fight for survival” 現実を受け入れられないまま、ただ生き延びることに必死だった。

 相手の無関心さも容赦なく描かれる。
 “Your lack of empathy / It haunts me in my dreams / You had that blank look in your eyes”——「あなたの共感のなさが夢にまで出てくる、あの虚ろな目が忘れられない」。泣いていても、まるで他人事のような顔をされていたのだろう。

 それでも主人公はある時点から、相手を冷静に見透かす目を持ち始める。
 “Anyone with a mind knows your disguise, ain’t fooling anyone” 「少し考えれば、あなたの化けの皮なんてすぐわかる。誰も騙されてない」。怒りではなく、むしろ静かな確信として言い切っている。

「もう胸は痛くない」本当に?サビで繰り返されるのが、
“I’m so glad I don’t know you anymore / Loving you was such a chore / It turns out you kinda fucked me up / I never seem to be enough / Now I’ve got no pain in my chest”
「もうあなたを知らなくて本当によかった。愛することが苦痛(chore)でしかなかった。結局あなたは私を壊した。私はずっと”十分な存在”になれなかった。でも今はもう胸の痛みはない。」

 タイトルにもなった、Now I’ve got no pain in my chest「もう胸に痛みはない」という一節も、完全に晴れやかな宣言というより、そうであってほしいと願いながら自分に言い聞かせる言葉にも聞こえる。

 本当に痛みが消えたのか。それとも、消えたことにしなければ前へ進めないのか。この曖昧さが、「Pain In My Chest」に単純な克服の歌では終わらない深みを与えている。恋愛にも、音楽業界にも読める、この曲は、ひとつの関係から抜け出した人の失恋ソングとして成立している。

 相手には共感がなく、泣いている自分を無表情で見つめ、傷つけた事実に向き合おうともしない。そうした冷淡な人物像は、感情的な支配や不健全な恋愛関係を想起させる。

 一方で、近年のMeet Me @ The Altarが語ってきたメジャーレーベル時代への違和感や、他人の期待に合わせることで自分たちらしさを見失った経験を重ねれば、別の意味も浮かび上がる。「あなたの嘘が私を壊した」「私は決して十分ではなかった」「あなたには共感がなかった」

 これらの言葉は、恋人だけでなく、彼女たちをコントロールしようとした業界関係者や、過去の環境そのものへ向けられたものとしても読める。

 前作「Strung Out」が、裏切った相手への怒りや、断ち切れない執着をむき出しにした曲だったとすれば、「Pain In My Chest」はその次の段階にある。

 怒りを吐き出しても、傷がすぐ消えるわけではない。相手から離れても、自分の中に残された否定や不信感は、時間をかけて取り除かなければならない。この2曲は、決別から回復へ向かうひとつの流れとしても聴くことができる。

Strung Out       2026/06/12

怒りと未練が交差するポップパンクの痛み 

 一見すると失恋をテーマにしたポップパンクソングだ。しかし、『WORRIED SICK』という作品全体の流れや現在の彼女たちの状況を踏まえると、単なるラブソングとして片付けるにはあまりにも複雑で、多層的な楽曲になっている。

 タイトルの「Strung Out」は、本来「(ドラッグなどに)依存してボロボロになった状態」や、「精神的に疲弊しきっている状態」を意味するスラングだ。

 この曲で描かれているのは、裏切られ、傷つけられ、相手への怒りを抱えているにもかかわらず、その相手を忘れられない自分自身への嫌悪感である。

You’re gone
You moved on
And I’m still strung out on you

「あなたはもう前へ進んだのに、私はまだあなたを引きずっている」

 サビで繰り返されるこのフレーズは、この曲の核心そのものだ。怒りの対象は相手なのに、本当に苦しめられているのは、執着を断ち切れない自分自身なのである。

 歌詞の中では、The fucking lie of the century
「今世紀最大の嘘」

 You prick「この最低野郎」といった攻撃的な言葉も飛び出す。

 だが、それは復讐の歌というよりも、未練と怒りが混ざり合った感情の爆発に近い。相手を憎みたい。忘れたい。でも忘れられない。

 そんな矛盾した感情が曲全体を支配している。さらに興味深いのは、この曲が恋愛だけを描いているとは限らないことだ。

 歌詞の中には、Where I’m the pawn in your game「あなたのゲームの駒として扱われる」というラインが登場する。

 これは恋愛関係にも当てはまるが、『WORRIED SICK』全体が音楽業界やメジャーレーベルとの関係、裏切り、自己肯定感の揺らぎをテーマにしていることを考えると、別の読み方もできる。

 メジャーレーベル時代、彼女たちはしばしば「女性」「有色人種」「クィア」という属性とともに語られた。
 もちろんそれは重要な意味を持つ一方で、本人たちはインタビューで何度も「まず音楽を聴いてほしい」と語ってきた。

 そう考えると、「駒(pawn)」という言葉には、恋人だけでなく、彼女たちを都合よく利用した人間や音楽業界への怒りも重なって聞こえてくる。

 だからこの曲は、“失恋ソング”でありながら“裏切りへの怒り”であり、“業界への不信感”であり“執着を断ち切れない自分への嫌悪”でもある。

 現在のMeet Me @ The Altarは『WORRIED SICK』で、これまで以上に正直な感情をさらけ出している。

 「Strung Out」は、その象徴とも言える一曲だ。怒りも、未練も、嫉妬も、惨めさも隠さない。

 だからこそ、この曲は単なるポップパンクの失恋ソングを超えた、生々しい感情のドキュメントとして響いてくる。

結成からメジャーの葛藤、そして独立したデュオとしての新章

 21世紀のポップパンク・シーンにおいて、Meet Me @ The Altarほど、ジャンルの境界線を押し広げ、同時に既存の業界構造と真っ向から対峙してきたバンドは稀有である。

エディス・ヴィクトリア(ボーカル)、エイダ・フアレス(ドラム)、そして元メンバーのティー・キャンベル(ギター)によって結成されたこのトリオは、当初「ポップパンクを救う存在」としてメディアに熱烈に迎え入れられた 。
 しかし、その輝かしい軌跡の裏側には、デジタル時代特有の結成プロセス、人種とジェンダーにまつわる過度な期待、そしてメジャーレーベル特有の商業的圧力との絶え間ない闘争が存在していた。

1. デジタル・ジェネシスの詳細YouTubeから始まった絆と「Sub-Zero」の命名秘話

 Meet Me @ The Altarの物語は、物理的な距離をインターネットが消し去った2015年に遡る。
 当時、フロリダに住んでいた14歳のティー・キャンベルは、YouTubeでTwenty One Pilotsのドラムカバーを探していた際、ニュージャージーに住むエイダ・フアレスのチャンネルに辿り着いた 。

 エイダの父親はエルサルバドルからの移民で、自身もドラマーであったことから、エイダが5歳の時にドラムキットを買い与え、彼女の成長記録として演奏動画をアップロードし続けていたのである 。
二人はすぐに意気投合し、二十四時間以内にバンドを結成することを決めた。
 この際、非常に「Gen Z」Generation Z(ジェネレーションZの略)らしいエピソードとして語られるのが、バンド名の由来である。
 キャンベルが真剣にバンド名生成サイトで候補を探していた一方で、フアレスは周囲にあるものを適当に挙げ始めた。
 二人は対戦型格闘ゲーム『Mortal Kombat(モータルコンバット)』の共通のファンであり、フアレスが「Sub-Zero(サブ・ゼロ)」というキャラクター名を挙げると、キャンベルは「私もそれが一番好き!結婚して!」と返信した。

それに対しフアレスが「Meet me @ the altar(祭壇で会いましょう)」と冗談で返したことが、そのままバンド名となった 。

ボーカリストの選定にはさらなるドラマがあった。オンラインオーディションを開催した二人の元に、ジョージア州出身のエディス・ヴィクトリア(当時はエディス・ジョンソン)がParamoreの「All I Wanted」のカバー動画を送ってきた 。

 驚くべきことに、ヴィクトリアは最初のオーディションで落選している。
 理由は、当時の政治的な議論(ヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースのどちらを支持するか)において意見が合わなかったという極めて個人的なものであったが、ヴィクトリアは諦めなかった 。
 彼女はその後2年間にわたり、キャンベルにほぼ毎日「新しいシンガーは必要ない?」とテキストメッセージを送り続け、その執念が実を結んで2017年に正式加入した 。

2. メンバー・プロファイル:三者三様のルーツと多様な音楽的背景

 Meet Me @ The Altarが他のポップパンク・バンドと一線を画す最大の要因は、メンバーそれぞれの音楽的素養の多様性にある。
彼女たちは単なる「シーンのファン」ではなく、それぞれが異なるジャンルの教育を受けてきた。

 エディス・ヴィクトリア
 ゴスペルとクラシックの融合

リードボーカルのエディス・ヴィクトリアは、ジョージア州ピーチツリーシティという保守的な地域で育った 。

https://www.instagram.com/_edithvictoria_?igsh=Nm42cXFxeHg5am42

 彼女の歌唱力の源泉は、小学校4年生から高校卒業まで続けたクラシック・コーラスと、幼少期からのゴスペル歌唱にある 。
 アレサ・フランクリンのソウルやデイヴ・マシューズ・バンドの折衷的なサウンドに触れて育った彼女は、自身の声を「R&Bやソウルフルな要素を含む多様なもの」と定義しており、ポップパンクの枠に留まらない表現力を誇る 。
 また、彼女はバンド内の「ムードメーカー(コミックリリーフ)」としての役割も担っている 。

 エイダ・フアレス
 メタルコア由来のテクニカルなドラミング

ドラマーのエイダ・フアレスは、プログレッシブ・メタルコアやジェントといった激しい音楽を好む。

https://www.instagram.com/ahduhj?igsh=MXhwa3Yzc290NTdpaA==

 彼女のヒーローはMatt Garstka (Animals As Leaders) や

Nic Pettersen (Northlane) であり、

 そのテクニカルなドラム・フィルはMMATAの楽曲にポップパンク以上の重厚感を与えている 。
 彼女は、ドラムカバー動画を投稿し始めた当時、自分のようなカラー・オブ・ウィメンのドラマーがほとんどいなかったことに疎外感を感じていたと語っている 。

 ティー・キャンベル
 ディズニー・チャンネルとプログレッシブ・ロック

元メンバーのギター、ティー・キャンベルは、2000年代のディズニー・チャンネルが提供した「ロックの入り口」に強く影響を受けている。

https://www.instagram.com/teaofmmata?igsh=Mnl5djczMTR5b2V0

 『Freaky Friday(フォーチュン・クッキー)』や

 『Camp Rock』

 そしてジョナス・ブラザーズが彼女にとってのロックの原体験であった 。
 一方で、ギターの演奏面ではブルースやプログレッシブ・ロックの繊細なテクニックを駆使し、バンドの初期サウンドを形作った 。

3. 2020年の転換点:社会的変革と「Garden」のバイラル

バンドが世界的な注目を集めたのは2020年の夏である。
 新型コロナウイルスのパンデミックと、ジョージ・フロイドの死をきっかけとしたBlack Lives Matter(BLM)運動の激化が、音楽業界の視線を急速に多様なアーティストへと向けさせた 。
この時期にリリースされたシングル「Garden」は、そのポジティブなメッセージ(「大丈夫じゃなくても大丈夫」)と、初期Paramoreを彷彿とさせる疾走感溢れるメロディでバイラルとなった 。

 この楽曲は、Blink-182のマーク・ホッパス、All Time Lowのアレックス・ガスカース、The Wonder Yearsのダン・キャンベルといったシーンの重鎮たちからTwitter上で称賛され、バンドのストリーミング数は一気に跳ね上がった 。
 さらに、シンガーのHalsey(ホールジー)が設立した「Black Creators Fund」の受給者に選ばれたことも、彼女たちの成功を後押しした。

https://www.instagram.com/blackcreatorsfundinginitiative?igsh=a21wbDNkcHk4bWgy

 この1万ドルの助成金は、活動資金が枯渇していたパンデミック期において、機材投資や制作の継続を可能にする極めて重要なリソースとなった 。
 ヴィクトリアは、この時期の成功を「自分たちが注目された理由の大きな部分がBLM運動であったことは、非常に複雑で少し悲しいことだった」と回想しているが、同時にそのチャンスを最大限に活かしてシーンの多様性を前進させる決意を固めた 。

4. Fueled By Ramenとの契約と『Model Citizen』の成功

 2020年10月、Meet Me @ The Altarは、彼女たちのアイドルであるParamoreやFall Out Boy、Panic! At The Discoを輩出した名門レーベル「Fueled By Ramen (FBR)」との契約を発表した 。

https://www.instagram.com/fueledby?igsh=emJuamltOGpsYTht

 これは、カラー・オブ・ウィメンのみで構成されたバンドとしては同レーベル史上初の快挙であり、ポップパンクの歴史における記念碑的な出来事となった 。
FBRからの第一弾EP『Model Citizen』(2021年)は、批評家から絶賛された。

 彼女たちの代名詞となった「イージーコア(Easycore)」(ポップパンク × メタルコア/ハードコアの要素を混ぜたジャンル )サウンドがさらに研ぎ澄まされ、重厚なダウンチューニングのギターとテクニカルなドラム、そしてヴィクトリアの圧倒的な歌唱力が融合した 。

 特に「Feel A Thing」のビデオゲーム風のミュージックビデオは、彼女たちの遊び心と技術的な高さを象徴するものとなった 。


5. デビューフルアルバム『Past // Present // Future』の波紋と業界の圧力

2023年にリリースされたデビューフルアルバム『Past // Present // Future』は、バンドにとって大きな野心作であったが、同時に外部からの期待と内部の葛藤が表面化した作品でもあった。

ジョナス・ブラザーズのサウンドへの傾倒

 バンドは今作のプロデューサーに、かつてジョナス・ブラザーズの初期作品を手掛け、そのサウンドを定義したジョン・フィールズを指名した 。

 フィールズはスタジオで、当時のニック・ジョナスのギターケースや未公開のボーカルテイクなどをメンバーに見せ、彼女たちが憧れた「2000年代ディズニー・チャンネルのポップロック・サウンド」の再現に協力した 。
 この選択は、バンドのルーツであったイージーコアから、よりメインストリームを意識したポップ・ロックへの明確なシフトを意味していた。

批評家とファンの反応:期待と失望のギャップ

 アルバムのリリース後、メディアの反応は分かれた。NMEやRolling Stoneは、 representation(表現)としての重要性とキャッチーなメロディを評価した一方で、The Guardianのレビューは、楽曲の「均質さ(sameness)」や、以前のEPで見られた「生々しさ(raweness)」の欠如を指摘した 。
 熱心なファンベースが集まるRedditなどのコミュニティでは、さらに厳しい声も上がった。「Four Year Strongのような重厚なリフから、ジョナス・ブラザーズのようなフックへ移ってしまったのは残念だ」「業界に魂を売った(sell out)のではないか」といった意見が目立ち、バンドが意図した「多様なファンへのアピール」が、既存のイージーコア・ファンを置き去りにした可能性が示唆された 。
 「インダストリー・プラント」という汚名への反撃、この時期、TikTokを中心に「彼女たちはレーベルによって作られた操り人形(インダストリー・プラント)である」という誹謗中傷が激化した 。
バンドはこれに対し、アルバムの冒頭を飾る「Say It (To My Face)」で正面から反論した。ヴィクトリアはこの曲を「キーボード戦士たちへのディス・トラック」と呼び、白人男性のバンドであれば向けられないような理不尽な批判に対し、毅然とした態度を示した 。

6. ティー・キャンベルの脱退と「業界の失恋」:2024-2025年の苦闘

2024年から2025年にかけて、Meet Me @ The Altarは結成以来最大の危機に直面した。
 レーベル側のスタッフの総入れ替えに加え、内部的な不協和音が表面化したのである。

ギタリストの脱退と関係の冷却

2025年4月4日、ティー・キャンベルがバンドを脱退することが発表された 。
 公式声明では「現在の自分に合った情熱を追求するため」という前向きな理由が語られたが、ファンの間では不穏な噂が絶えなかった。
 実際、エディスとティーはお互いのSNSのフォローを解除しており、以前のような強固な「シスターフッド(姉妹の絆)」が失われたことが示唆されている 。キャンベルの卓越したギターリフはバンドの音楽性の核心であったため、彼女の離脱はファンに大きな衝撃を与えた 。

メジャーからの離脱とメンタルヘルス

 さらに、Fueled By Ramenとの関係も終了し、バンドは一時的に独立した立場となった 。
 ヴィクトリアは、この時期を「業界における初めての失恋」と表現し、自身の音楽性を否定されるようなプレッシャーの中で、深刻なうつ病を経験したことを告白している 。
 メジャーレーベル時代、エグゼクティブたちから「もっと軽快なサウンドにするべきだ」と執拗に言われ続けたことで、彼女たちは自分たちがなぜ音楽を始めたのか、その目的を見失いかけていたのである 。

7. 回帰と解放:独立後の新章『Worried Sick』

どん底の時期を経て、ヴィクトリアとフアレスはデュオとして活動を継続することを決意した。

 2025年7月、彼女たちは独立系レーベル「LAB Records」と契約し、ついに自分たちの本来のサウンドを取り戻す機会を得た 。

https://www.instagram.com/labrecords?igsh=MThmNjByc3N6eHgxMQ==


イージーコアへの回帰とマイク・グリーンとの再会


 2025年12月5日にリリースされたEP『Worried Sick』は、ファンが切望していた「ヘヴィな roots(ルーツ)」への明確な回帰作となった 。

 彼女たちは、デビューアルバム制作時に疎外感を感じていた外部のライターたちとの共同制作を最小限に抑え、かつて『Model Citizen』で成功を共にしたプロデューサー、マイク・グリーンと再タッグを組んだ 。

https://www.instagram.com/mikegreenproducer?igsh=MWx6ejB4MDRnODY3NQ==

 グリーンは彼女たちの「ブレイクダウン(楽曲中の激しい展開)」や「泥臭いパンク・エナジー」を理解しており、制作過程は「セラピーのようだった」と語られている 。

楽曲解説:怒りと再生の記録

 「Straight Up (Needy)」

EPのリードシングル。ヴィクトリアは、この曲が「ファンの顔を平手打ちするような重厚なサウンド」であることを意図した。自分たちが本気でヘヴィな路線に戻ることを証明するための宣戦布告である 。

「Dead To Me」

 業界や離れていった人々に対する、隠しきれない怒りと憎しみを綴った楽曲。「あなたが死んだほうが人生は良くなる」というショッキングな歌詞は、これまでの彼女たちが避けてきた「醜い感情」の解放を意味している 。

「Heaven's Sake」

何をやっても報われない疲弊感と、消えてしまいたいという願望を歌った。エイダのお気に入りの楽曲であり、そのグルーヴィーなドラムラインが特徴的である 。

「In The Next Life」

バンドにとって初のオリジナル・アコースティック曲。喪失感と再会への希望を、剥き出しの感情で歌い上げている 。

8. ライブ・パフォーマンスとファン・コミュニティの変遷

 Meet Me @ The Altarのライブは、常に「安全でインクルーシブな場所」であることを目指してきた。
 彼女たちのライブで恒例となっているのが、エディスによる「女性だけのモッシュピット」の呼びかけである。
 男性客に下がってもらい、女性やノンバイナリーの人々が自分たちの肉体を解放して楽しめる空間を作るこの試みは、多くの若いファンから支持されている 。

 2026年「Worried Sick Tour」の意義

 ティー・キャンベル脱退後、ライブ・セットアップは大きな変化を余儀なくされた。
 2026年1月から始まった全米ツアーでは、二人の実力派女性ギタリストをサポートに迎えた4人編成を採用している 。ヴィクトリアは、狭い会場(small rooms)で再び激しいブレイクダウンを演奏することの喜びを語っており、豪華な演出を必要としたメジャー時代よりも、現在の「DIY的な原点回帰」を心から楽しんでいる様子が伺える 。

日本と世界的な広がり

 2024年にはSimple Planのサポートとして来日公演を行い、日本のファンからも熱狂的な歓迎を受けた 。

 彼女たちは動画メッセージの中で「日本が大好き。次はフジロックで会いましょう」と、将来的な再来日と大規模フェスへの意欲を語っている 。

9. 社会的・文化的意義:Saviorか、それともただのMusicianか

MMATAの歴史において避けて通れないのが、彼女たちに向けられた「社会的責任」の重圧である。メディアはしばしば、彼女たちの音楽性よりも「黒人女性のトリオであること」や「LGBTQ+の代弁者であること」を強調してきた 。
 ヴィクトリアとキャンベルは、インタビューで何度も「私たちは黒人である前にアーティストだ」と主張している。
 彼女たちは、人種やジェンダーについて語る義務は果たしてきた(due diligence)と考えており、現在は純粋に「音楽そのもの」を評価してほしいという切実な願いを抱いている 。
 しかし同時に、自分たちがかつて渇望していた「自分たちのようなヒーロー」に今、自分たちがなっているという事実の重みも理解しており、そのバランスに苦心しながらも活動を続けている 。

ディズニー・チャンネルのレガシー

 興味深い第3の道として、彼女たちは「ディズニー・チャンネルのポップ・ロック」の復権を掲げている。
 現在の子供たちには『Camp Rock』のような健全でロックな番組がないことを憂慮し、MMATAが次世代の子供たちにとってのインスピレーションの源になることを目指している 。

 これは、単なる社会運動としてのロックではなく、純粋なエンターテインメントとしてのロックの楽しさを伝えたいという彼女たちの「Gen Z」らしい価値観の表れである。

10. まとめ:逆境を力に変える「Delusional(妄想的)」な野心

 Meet Me @ The Altarのこれまでを総括すると、それは「期待」と「現実」の摩擦の中で、自分たちの核となる声を探し続けるプロセスであったと言える。
 メジャーレーベルによる商業的な誘導や、長年連れ添ったメンバーとの別れ、そして精神的な不調といった過酷な試練を乗り越え、彼女たちは現在、これまでで最も強く、そして「生々しい」状態にある 。
 ティー・キャンベルがかつて語った「ここに来るまでの秘訣は、異常なほど妄想的(delusional as fuck)であること、そして働き続けること」という言葉は、現在のデュオ体制のMMATAにも色濃く受け継がれている 。
 2026年に向けて、彼女たちは2枚目のフルアルバムの制作、そしてNeck Deepのような憧れのバンドとのツアー、さらなる国際的な進出を計画している 。

 彼女たちの旅路は、ポップパンクというジャンルがいかに多様な背景を持つ人々によって再定義され得るかを示す、現代音楽史における重要なケーススタディである。
Meet Me @ The Altarは、単に「シーンを救う」ために存在しているのではない。彼女たちは、自身の傷跡や怒り、そしてポップな夢をすべて音楽に叩きつけることで、誰もが「自分らしく、かつ激しく」いられる場所を、自らの手で作り上げているのである 。
独立後の自由な創造性は、ファンにとってもバンドにとっても、新たな「黄金時代」の幕開けを感じさせるものである 。

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