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西広島駅で、ズッコケ四人組に出会った。

2023年 秋、パートナーのもっさりと広島へ旅行に行くことになった。
どこに行きたいかと尋ねると、彼はこう言った。

「西広島駅。ここさえ行けたら他はどうでもいいわ。」

大阪を出発し宮島口駅に到着すると、顔はめパネルでもみじ饅頭に扮して写真を撮り、フェリーで宮島に上陸。表参道商店街で焼き牡蠣を頬張り、厳島神社に参拝後、穴子飯で空腹を満たし、宮島水族館を堪能すると、広島駅直結のホテルへ向かう途中、西広島駅で下車した。

土曜日の16:00過ぎだと言うのに人はまばらで、綺麗で大きな駅は閑散としている。
こんなところにもっさりの目当てのものはあるのだろうか。

コンコースを出て北口の階段を下り道路に出るも、それらしきものは見当たらない。工事中の黄色と黒の縞々のガードフェンスやコーンが目につくばかり。人通りは殆どなく、時折地元の人が自転車で通り過ぎるくらいだ。
ああいうものは通常、駅前にドーンとあるはずじゃないのか? もっさりの情報が間違ってるのではないかと不信感が増すばかりだった。

「この辺にあるはずやねんけどなあ」
ウロウロするもっさり。
「駅員さんに聞いてみようや」
そう提案するも
「ちょっと待って。絶対にあるはずや」
そう言って自力で探そうとしている。

少し外れにあるのかもしれない。そう思って工事中の道路の方へ行ってみると、あった。もっさりの探していたものがある。

「こっちにあるでー!」
私は大きな声でもっさりを呼び寄せた。
「うわーっ! ハカセ、モーちゃん、ハチベエ!」

北口の南の線路沿いに見つけたそれはズッコケ三人組の石像だった。

もっさりは子供の頃、ズッコケ三人組を夢中で読んでいた。その作者、那須 正幹さんの故郷が広島県広島市己斐(現 西区己斐本町)で、西広島駅はズッコケ三人組の花山駅のモデルになっている駅らしい。

もっさりはこの石像が見たくて一度1人で西広島駅を訪れていた。が、本来は南口にあった石像は、駅前再開発工事のため北口に移設されることになり、移設完了までの2年間は見ることができず、せっかっく足を運んだのに三人との対面は叶わなかった。

2年越しの対面にもっさりのテンションはみるみる上昇。顔には満面の笑みを浮かべ、子供のような無邪気なはしゃぎぶりに嬉しさが伝わってくる。

「ぼーっとしてんと早く写真撮ってよ」

もっさりの声にハッと我に返った。
白いTシャツに紺のパンツ姿、少し中年太りでお腹が出ているもっさりは、
ハチベエの頭に腕を置いてパシャリ。
ハチベエとモーちゃんの間で2人と肩を組むようにパシャリ。
モーちゃんとハカセの間で2人にもたれかかってパシャリ。
ハカセの横で腕を組んでパシャリ。


プライバシーの関係で、もっさりの子供のような笑顔を
お見せできないのが残念でならない

石像の前ではしゃぐアラフィフカップルに地元の人々が時折 冷ややかな視線を投げかけながら通り過ぎる。が、そんなことはお構いなしだ。

写真を撮っている私は、もっさりのわんぱくそうな笑顔と三人組がシンクロし、中年太りの体型さえも幼児体型に見える錯覚を起こし、ズッコケ四人組にしか見えなくなっていた。それくらいもっさりは三人に溶け込んでいた。
51歳の中年が目を輝かせて、子供のような笑顔になれることに感動すら覚える。

石像の後ろには看板があり、近隣施設の実際の名称とズッコケ三人組の作中での名称が並べて表記され、地図が描かれていた。
が、宮島で1万歩以上歩いた私たちは疲れ切っており、散策は断念した。

私が子供の頃、ズッコケ三人組は同居している祖母が読む本だった。大正生まれの農家の出で小学校しか出ていない祖母は、あまり難しい文字が読めなかった。母は毎週 そんな祖母のために図書館で本を借りていた。色んな本を借りたが、最終的に祖母が気に入っていつも読んでいたのがズッコケ三人組シリーズだった。
ふりがなが打ってあるので読みやすい、面白い、と祖母は言っていた。が、当時 江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズにハマっていた私はズッコケ三人組には見向きもしなかった。
あの時 私も祖母と一緒に読めばよかった、という後悔の気持ちが込み上げてくる。

因みに、母は広島出身なのでそれもあってズッコケ三人組を借りてきたのかもしれない。

今から読んでも、もっさりほどの感動は味わえないかもしれない。でも、いつかズッコケ三人組シリーズを読み終え、もっさりと西広島駅付近を散策してみたい。

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