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バングラデシュマイノリティ仏教徒について④~仏教の繁栄と衰退の時代②~

パーラ王朝(8〜12世紀): ベンガル地方からビハール州にかけてのパーラ王朝は、仏教の黄金期を迎えました。仏教の守護者ダルマパーラ王(770-810頃)の時代に最大の勢力を誇り、タントラ仏教(後期大乗教、密教)が発展しました。パーラ朝様式の仏教美術が生まれ、ソーマプラ大僧院(パハルプル)などの僧院が建設されました。

パーラ朝王家が寄進を行った現インドのナーランダー僧院やヴィクラマシラー僧院(ともに現ビハール州内)、またバングラデシュ領内のソーマプラ僧院(パハルプル)などの僧院遺跡から、当時の仏教文化がどれだけ繁栄していたかが、窺がえます。
中国の玄奘三蔵(602-664)や義浄(635-715)もこれらの僧院を訪れていますが、この当時ネパール、チベット、東南アジアからも多様な留学僧が集まり、学芸の交流が深まったと言われています。

パーラー朝時代のインド及びベンガル地域

現在のバングラデシュ、ナオガオン地区にあるソマプラ大僧院 (パハルプル)はユネスコ世界遺産に指定されています。ソマプラ大僧院は、当時の著名な仏教大学として設立されましたが、現在に残るこの遺跡からはこの地域が以前は仏教教育と巡礼の主要な中心地であった事が伺われます。

パハルプル遺跡(ソマプラ大僧院)

仏教は 13世紀にインドから姿を消しましたが、最後まで残るのが ベンガル地方、現在の西ベンガル州と バングラデシュでした。最大の寺院といわれた ヴィクラマシラー僧院は 破壊されてしまい、遺跡として よく保存されているのは、ダルマパーラ王によって建立された このソマプラ大僧院です。ここでは一辺が 300メートルもの境内を 177の僧室が囲み、中央には ストゥーパを兼ねた大祠堂が建っていました。それは四方に開かれて、それぞれに 仏像を祀る「四面堂」の形式でありましたが、上部構造は崩壊してしまったので 、オリジナルの形はわかりません。
 寺院も僧室も その他の諸堂も すべてがレンガ造りであり、その表面は テラコッタ・パネルで飾られていました。良い石材が得られないために レンガで建て、それを荘厳にするべく、ペルシャのイスラーム建築が 彩釉タイルを発展させたように、ベンガルでは、粘土が乾かないうちに素早く彫刻をして焼いた テラコッタを用いたのです。後に これはベンガルのイスラーム建築、そして 近世のヒンドゥ寺院 に受け継がれることになります。

パハルプル遺跡のテラコッタ

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