「好きを見つけ、得意を伸ばす」——2030年の教育が、放課後に賭けている
【遊びの学び】放課後のこれから | Future Family Project 航海ログ
文部科学省が、次の学習指導要領のキーワードを決めた。
「好きを見つけ、得意を伸ばす」
2030年に向けて策定中のこの言葉は、AI時代の教育が何を目指すかを端的に示している。
そして、その主戦場は授業ではなく、放課後だという。
【現場】放課後が「静かなる有事」になっている
4月22日、放課後共創基金設立フォーラムに参加した。
登壇した鈴木寛氏(元文部科学副大臣)は冒頭でこう言った。
「少子化の中で、部活が成立しなくなってきています。サッカー部が5人になったら、それはもうフットサルになるしかない」
日本には人口5万人以下の市町村が1200ある。全自治体の3分の2だ。そこでは野球部の9人が揃わない。ブラスバンドの10人が揃わない。子どもたちは「やりたいこと」ではなく「残っているもの」を選ぶしかない。
フォーラムの事務局長、小玉祥平さんがある中学生の話をした。
「なんで陸上部に入ったの?と聞いたら、こう返ってきた。球技も音楽もできないので、陸上部を選びました、と」
消去法。やりたいからではなく、残っていたから。
【発見】授業850時間、放課後は何時間か
文科省の標準学習時間は年間850時間。これが「授業」の量だ。
では放課後は?
部活、探求活動、習い事、ぼんやりする時間——それらを合計すると、子どもの人生において放課後は授業と同等かそれ以上の時間を占める。
鈴木氏はこう言った。
「教育というと授業の話ばかりになる。でもこれは両輪だ」
自分自身を振り返ってもそうだ。今の自分を形成しているのは、何の授業で何点取ったかではない。放課後に何に夢中になったか、どんな大人と出会ったか、何度失敗したか——そういうものだ。
5人の娘たちを育てながら、それを毎日実感している。
【考察】「好きを見つける」場所が、今なくなりつつある
次期学習指導要領のキーワード「好きを見つけ、得意を伸ばす」——これはAI時代における本質的な問いへの答えだ。
AIが「正解を出す仕事」を代替していく時代、人間に残るのは問いを立てる力と好きに没頭する力だ。企業の採用担当者たちも口を揃えて言う。「面接で見るのは学力より放課後に何をやったか」と。
しかし皮肉なことに、その「好きを見つける場所」が今急速に失われている。
少子化で部活が消え、教員が疲弊し、地方では選択肢が5つしかない。都市でも受験競争が放課後を圧迫する。そもそも小学校では放課後学校に残ることさえ許されない現状だ。
フォーラムで水戸市の山下市長が言った言葉が刺さった。
「大人が本気で子どもたちを応援していると感じさせると、子どもたちはちゃんと反応を返してくれる」
これは教育論ではない。人間論だ。
好きを見つけるためには、まず「見つけていい」という空気が必要だ。消去法で選ばされる環境では、好きは育たない。
ただ、正直に言う。
5人の娘を育てながら、そうできていない矛盾を抱える自分もいる。
子供たちの「好き」が違えば、それぞれの送迎や一緒に取り組むだけで1日が終わる。それぞれの探求に向き合おうとするほど、大人が疲弊するという矛盾がある。うちの子たちの放課後は今、受験勉強や日々の暮らしで既にパンパンだ。「好きを見つける余白」を作ろうとすると、だれかの何かを削らなければならない。
自分の時代の放課後とは全然違う子育て。その矛盾を感じながら、毎日模索している。
だからこそ、フォーラムで語られた地域コミュニティの話が刺さった。
一家族だけで5人それぞれの好きを支えるのは限界がある。でも地域が「好きの受け皿」になれば話が変わる。水戸市で70人のブラスバンドが生まれたのも、探求部の卒業生がメンターとして戻ってきたのも、学校でも家庭でもなく地域がやったことだ。
子育ての鍵は、地域にある。
フォーラムに登壇した水戸市も、STEAMクラブを展開する香川市も、そういう地域だ。ああいう場所で子育てできたら、と正直思った。
【余韻】
800年後の子孫へ。
2026年、日本の大人たちは「放課後」を取り戻そうとしていた。
好きを見つける場所が消えかけていることに、ようやく気づき始めた時代だった。
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