作品展の告知文を考える
自身の第5回FUUDドローイング作品展を数日後に控えて、いまだ準備ができていないものがある。ひとつは額装、そしてもうひとつが告知文である。
なぜ告知文に決定版がいまだないのかと言えば、自分語りでもたびたび話題にしてきた(ような気がしています)"だれに向けて観せるのか問題"に見事にハマってしまったからだった。
昨日綴った作品展のお知らせ投稿文、呼びかけるように書いたものの読み返したらまあまあひどかったのでアーカイブしてリライト中。なのですが、この場をその練習に使う、っていうアイデアが降ってくる。
まず、前提にある「インディペンデントな活動です」を謳い文句にするか否か。
なぜ躊躇するかと言えば、無差別に発信する場合そこを気にする鑑賞者の割合は低いだろうという点。「どっちにしたって"絵"なんでしょ?」という声がきこえる。
そうなんすよ。広く告知って、その鑑賞を快く受け入れることなんです。せっかくの催しを広く告知したいのに、ぼくの文では鑑賞者を選んでいるようにしか伝わらない。そこがまずジレンマ。
つぎに想定されるのは「いやいやFUUD、そんながつがつしなくてもいいんじゃない?」という声。作品や活動が魅力的なら自然と人は寄ってくるでしょう?
これには今のところ懐疑的なんですよね。
うまく言えませんが、多くの人の行動は、その他の人の行動で決まると思っているから。
「あいつはそうは言わなかったけど、私はいいと思う」的な態度で接してくれる人のところまで告知を届けたい。
、、、、あれ、また鑑賞者を選んでる??
いや、ちがう!ちがうんだ!、、ちがわない??
曰く言い難しのこの逡巡。いったいもう何周目なんだろう。そこに作品展の開催日だけが迫ってくる。
【告知文・再考2】
主催者(ぼく)の見積もりを書きましょうか。
作品展の開催は計6日。
立地と知名度と過去の経験から言って、いちにち当たり3組来てくださればもう大成功です。2組でも大喜び。
で、こんな活動ですから、友人知人はもうひやかしだけでは来場しません。来てくれる人は鑑賞していくし、興味ない人は来ずにエールを送ってくれて放ったらかし。なのでいついらっしゃっても内輪ノリはさしてない空間のはずです。
で、つまり現実的には12〜18人の方を相手にできればな、という気もちで準備をしています。これが数的な見積もりです。
うわー、そのうちの一人か〜って、見たいけど放っておいてほしいなって方にとってはこれが心理的なハードルかもしれないですね。
【告知文・再考3】
一般の商品展示会と芸術ベースの作品展がちがうのは、作品展がその表現者の(ときにひとりよがりな)問いの提示だというところです。
即売会・受注会ならば場の主役はとうぜん購買者ですが、作品展の主役は展示空間になります。
では、その空間を支えるのは何かと言えば鑑賞者です。作品展を鑑賞するとは、その問いに参加することを意味します。
H apartment studiosではオープンスタジオ的に催しますので、その催しのもとをとる必要がありません。経済を回す必要がないのです。
そのかわり、大切に思っているのが出来事と体験です。
ひとりの作家が用意した空間に他者が入ってくる。これはつくり手にとってひとりではできないことなんです。
他にない出来事を興す、それを他者とともに体験する。問いを存在させる。作品展とはまず体験だと思ってくださればより意図が伝わるのでは、と思い綴ってみました。
とは言え全然かたくるしくないんですけどね。催す人間のクセの強さがそう思わせているだろうことはこちら側の課題であります。
あくまで極論ですが、ものがひとつも売れなかったり作品が褒められたりしなくてもいいわけです。極論ですよ?
そのように考えると、いちばんの失敗は"問い"を存在させることができなかった場合となります。それはもう完敗。大失敗です。やる意味ないやん、です。
で、大成功パターンは貴重な出来事だったね、と、そういう場を多くの方と共有することができた場合です。
作品展というのはひとまずこのようなグラデーションの中にあります。どうですか、おもしろくないですか?
振り返って思うのは、FUUDは喋りすぎているんじゃないか?ということだ。もう少しまとめてくれ、と。わかりやすく提示してくれ、と。
ただ、どれもこれもが本音なんです。うまいことあれとこれを切って貼って混ぜ合わせる。あるいは、置き換えたり着せ替えたりして見栄えを整える。そのように短く提示することはできそうだとは思うんです。(それをするのがコピーライターという仕事だろう。)ただ、そこに時間をとられすぎては作品展示の準備に支障がでる。
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作品展の準備期間ではあったのですが、ぼくは次にやりたいことのひとつに手をつけました。"雑談"です。詳しくはあらためてお伝えするとして、そのあとにこんなことをthreadsに綴りました。
承認欲求ってぜんぜん悪者じゃないんだなあとあらためて実感している。ただ質には注意した方がいいのかもしれない。うまく言えないけれど自分にとってそれは"形より手触り"、なんかそんな感じ。(自身にとっての)正しさで受け取って満たされて。それを小さく積み重ねていくのが今後の指針。小さく、ゆるく、小さく、ゆるく。それを積み重ねる。
ぼくが提案した場に来てもらって、その場を共有してもらうこと。それがぼくにとっての作品展なんだと思います。なるべく文脈を明らかにした形で問いたいので、ひとりでできることはひとりでやる(=インディペンデント)。そんな試みを面白がってくれる人たちとの繋がりを、小さく、ゆるく、こつこつと積み上げていきたい。
ぼくにとっての作品展は、そのような価値(があるかもしれない活動)を体験として示すことができる数少ない機会なんだと思います。
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今回の作品展は、
①テーマを掲げての制作に失敗するも、そのことを「垂れ流しの日常」と謳いこの数ヶ月描いた鉛筆ドローイング114点を自主企画として公開。

②自身初となる試み、手製本による文庫本の作成、その発表。
③継続して取り組んでいる作品アーカイブ集「doodle EP」シリーズ4作目の発表。
という内容です。
みなみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

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