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エッセイ - 私小説をめぐる話

こんばんは、FUUDです。

FUUDはただいま10月3日から催されている福岡県は久留米市にあるBoatの2周年記念企画展「VOYAGE」に2枚のドローイング作品で参加させてもらっています。お店や店主にゆかりのある作家たちのグループ展的な展示です。(Boat、おめでとう!)お近くの方は是非。10月29日までご覧になれます。

yon氏デザインのフライヤーがクール

と、ぼくは初日にご挨拶に伺ったわけですが、他の参加作家とはそこでは会えず。まあそんなこともあるだろうと隅の席でビールをいただきながらその空間に身を溶かしていました。

例えば文芸誌なら、自分の文章って枠の中に収まってますよね?しかし今回のこれは平面表現。そんなには広くないカフェバーですから展示スペースや壁面は当然限られています。なので互いの作品が壁面内で干渉することになるのはわかっていました。これは店主のディレクションを批判しているわけではございません。お話を頂いたときから了承済みのことです。お祝いですし、これでいいのです。

ぼくはそんな空間に身を溶かしつつ自分の作品を観ていました、わりとしつこく。

なぜそうしたかったか?
ぼくは作業場(兼展示会場)があるので、ふだんから自分の作品だけを見る空間には慣れているわけです。しかし今回はちがう。ほかの作家の作品と自分の作品を見比べることができる空間でした。正確には見比べてしまう空間です。この慣れなさ、この違和感。

これはセッションではない。例えるならライブイベントにおける対バン?たしかに、そんな感じはありました。お店側の見せ方にではなく、ぼくの中で、です。先日のZINEのイベントには感じなかったそれ。そりゃそうだ、本は閉じているのだから。

ぼくはその違和感に何か大事なこと、秘密めいたものを感じていました。だからしつこく、しつこく身を溶かして。

帰り道、ほろ酔いの頭の中で何を引き合いに出してそうなったのかは忘れましたが、歩きながら唐突にこう思ったのでした。

FUUDは私小説なのだ。

ぼくは、昭和初期の文士たちが何を思って作品を綴り続けたのか、それが少しわかった気がしました。あくまで気がしただけですが、その瞬間、たしかにわかった気がしたのです。


FUUD、次なる作品展示の予定は11月8日(土)、9日(日)。以降15(土)16(日)、22(土)、23(日)と3週の土日計6日間、ホームグラウンドのH apartment studios で4回目のドローイング作品展をやります。前回の展示からあらたに描いた鉛筆ドローイングが並ぶ予定です。

それともう一つ。今回の目玉は未発表の連作木炭ドローイング(ピンナップシリーズと呼んでいます)です。まだまだ制作途中ですが、たのしみながら仕上げたいと思います。

それでは今日はこのへんで。

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