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さらさらを聴きまくる話

急激にスピッツの「さらさら」という歌が聴きたくなって別のnoteを書いている時から筋トレに至る折にまでずっと聴いていました。

ちょうど8年前の歌

いつ頃リリースされた歌なんだっけ?と思っていたら2013年5月15日。驚くぐらいぴったりちょうど8年前でした。

人に行動を想起させる力がある歌ってすごいな、とボケッと思っていたのですが、何のことはなくこの前3/25に紫の夜を越えてがリリースされたことによりぼくの中でスピッツめいていた時期だっただけだなと思わされました。

8年という年数も別に人間が勝手に決めたルールであり、自然の理(ことわり)やなにかに基づいているわけではない。じゃあ逆に自然の理ってなんだよ、ということにもなりますが……

一応「季節が循環する一年」というなんだかんだ言って自然の理たる影響をそれなりに受けている基準に従って、それを8回繰り返した後にぼくという個人の中でそれを発動させるという意味合いに於いては、全く何の意味も無いとは思いますし繰り返させる意味がこの文を書いている時点でぼくにはさっぱりわからない。

スピッツが自然と一体化して、8年という年月、期間になにか意味味があるのかも知れない。底まで考えると、うるう年が2回来るという意味合いがありますね。歌の詩の意味はともかく、さらさらは閏年と関係がある歌なのだろうか?

閏年は2月が1日増える年です。5月にリリースされた歌ながら、閏年に関する何かを表現している?そういえばさらさらの最終コーラスでは同じメロディが2回×2と繰り返されて、その間はブリッジのように声が重なる。生歌では表現できない手法で収録されています。

悲しみは忘れないまま 眠りにつくまで側にいてほしいだけさ

この数字は閏年が来るために繰り返される回数と同じです。ロックは8拍が基本であるため、その半分の数字なんて珍しくもなんともないですが……それが歌の中に登場したのではなく、歌の外に発言したのであれば少し意味があるかも知れません。少し迷信じみてきた気がするのでやめておきます。

龍男のスネア

また最終コーラスの2回目、そのさらに2回目に同じメロディが来る部分

続くと信じている 朝が来るって信じている

ここからドラム崎山龍男の叩くスネアの回数が1/2と増えます。1小節内で8回叩く。歌を盛り上げる効果があります。「見ていない時は自由でいい」とはぼくがこの歌を今日思い出すまでの8年間を示しているのだとしたら……

と思ったらこのスネア頻度が増える部分は3回(3フレーズ)繰り返されるだけでエンドロールに入る。閏年と関連付けたいなら1回足りていませんね。

いや、「たった一回足りない」という部分にこそ悲恋的な意味が込められているのかも知れません。

大コーラス

また大コーラス――――――典型的な例としては2回目のコーラスと最終コーラスを結ぶ部分のことですが、個人的には単につなぐ意味しかないため大という形容は相応しくないと思っています――――――で、変拍子とか思い切ったことまでにはならないものの、少しそれまでや以降との演奏方法や空気感が変わる部分があります。

歌の雰囲気としてはG D A Bmという悲しめな属性が強く、Dで始まる(いま現在楽器が近くにない状況で書いているため、コードはともかくキーは思い切り間違っているかも知れません)。

ごりごり力で潰されそうで

歌全体の雰囲気と真っ向からぶつかり異彩を放ついきなりのメジャーコードから始まり、オクターブ下のコーラスというそれ自体を使った良い歌は多いもののグループとしては珍しいアレンジが加わっている部分です。

他にオクターブ下でコーラスする歌といえば魔女旅に出るとか名前をつけてやる辺りでしょうか。

紫の夜を越えて

紫の夜を越えてに関して、ボーカルの草野(敬称略)が恐ろしいくらいに珍しくニュース番組に出演したことで、ぼくもそちらを拝見して「そんなことを思っていたのか……」等、頭の中が刺激されたのかも知れません。そのうちそちらもnoteに書こうと思っています。

実際、ここ数年といいますか子供の頃に比べて歌関係のインタビュー雑誌なんて全く読まなくなってしまった。

一緒に楽器を演奏したりしていたギターが上手い友達が、CDがあるのにインタビューを読むなんて必要ない、別に演奏者たちはアイドルではない、というような旨を話していたこともあり、ぼくの中でなにか引っかかるものがあったのかも知れない。

その友達も後年は解散するグループの最後のインタビューが載った雑誌を買ってしまったいたりした。

ジャケット

またぼくは歌を聴くときに詩から世界を導き出されたくないという思想を持ち合わせているため、湖の中に光が差すようなイメージが歌の中にあることを考慮しないようにしているのですがジャケットやPVはミュージシャンが実際に端的に歌の世界を表していると理解することに対してはあまり抵抗がないため、視覚効果から考えるという意味でジャケットがどこかの湿地帯です。

こちらを撮影された方は写真の舞台である高知県出身のプロカメラマンの方であり、草野が以前仁淀川を知った際に歌のイメージに合うと思ったということ。

昨年NHKで放送された、『仁淀川・青の神秘』を、スピッツのボーカル、草野マサムネさんが見られたらしく、
清流の美しさに心動かされ、高知の高橋宣之さんの写真を、ジャケットに使われたそうです。

撮影された方は当時66歳。

ある意味さらさらは仁淀川の純粋に佇んでいる様子を表現した歌なのかもしれません。

観光客向けのページからも、カメラマンの方の熱量が伺えますね。

後期

2013年当時にぼくが初めてさらさらを聴いた折には、続くと信じているの 続く が 津留区 に聴こえてならなく、もどかしく思っていたという非常にしょうもない感想がございます。

お読みくださりありがとうございました。

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