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SNSの負のコミュニティ性に呑まれなければ1000日連続noteが書ける

ぼくはかつて、SNSで偉そうに振る舞ってしまうのはなぜかみたいな文を書きました。

いうなればこれは、SNS上では弱みを見せてはならない強迫性障害とか、「なんでも知ってなければならない」、「自分の知識の無さを露呈してはならない」みてえな謎理論がSNS内の空気中に酸素みたいに蔓延しているんじゃないか的な想像ができる余地がある考えではないだろうか?(過去の自分に対して)

まず前提としてぼくは自分と異を唱える考えを持つ相手に、真っ向から同様に異を唱えようと思ったことはありません。体制とかにはある。体制とかの場合、自分が被害者という当事者になってしまうからだ。

そのあたりについて述べた内容はこのダークパターンマーケティングについて収録したnoteに詳しい。ダークパターンマーケティングに当てはめられるのであればなんとかして当てはめる形で批判しているため、違和感を持って観ようと思えばそうできてしまうだろうなとは思っています。

つまりユーザに不利益とか不快感を与え、それを回避させるために行動を操ってやろう=金銭を払わせる行動を取らせてやろう、という思惑が普通の企業どころか政府にすらある世の中になってしまったと嘆いていた。

それを一般ユーザ同士が当たり前のように息をするように毎日やっちまうのが今回提示した「SNS上の上から目線やりとり」だといえる。

つまり自分と異なる意見は抹殺するという考え方ですね。

この前も例にしちゃった気がするけど(あまりに例にしやすいのだ)マスク警察だのなんたら警察だの反どうの……がそれにあたるでしょう。

ご自分の思想と袂を分かつ思想をいちいち詳らかにしてやり、俺はぜってーそうは思わねえから!!!!!と誰っにも聞かれていないにも関わらず声高に唱え、その別意見を槍玉に挙げ、異論を放つという名の攻撃を仕掛ける。つまりもうそんなことが生き甲斐になってしまうのであれば、戦いの場にしか身を置きたくないような本能を持って生まれてしまった生き物なのではないか?と思わされる。

ぼくもされたことがあります。千回もnoteを書いてしまうとこういうデメリットは得てして起こるものなのか、プラットフォームの欠陥なのか。プラットフォームとは体制であり、プラットフォーム運営者の思惑が間違った方向に進んだのであれば否定すべきである。それは上記マガジンにも書いてある。

興味がないだろうに、いちいち人が書いた文をお読みになる。で自分がそうとは思わないことが書かれていたからと、その「読んだ時間」のコスパに対する復讐でもしたいかのように自己のページで批判に転ずる方がこういう場所にはいるらしい。いわば「安全圏から身内に囲まれながらそのサークル外にいる異物的なにかを潰しにかかる」という感じでしょうか。被害妄想みたいな文になっちまった

違う意見の文を読んだ時間を返せ、と当人に言ったところで時間を巻き戻すなどという行為は絶対的に不可能であるという知識程度は下手に持ち合わせているからか、批判という復讐の形で世間にその意を表明することでストレス発散、溜飲を下げてでもいるつもりなのでしょうか。題名で読む価値がないことぐらい事前にわかると思うんだけど

つらそうな人生だと思う。興味ない、どころか嫌いなことに首を突っ込み、それをした自業自得を他人のせいにしてあまつさえ攻撃する。それをする権利があると思いこんでいる(表現の自由という観点のみにおいて言えば、権利自体はあるでしょう。絶対に「攻撃」が主目的でないのであれば)。

まるで日頃から自分がそういう発散目的の書き込みをしても、受け入れる土壌があっからよ、みたいな負のコミュニティでも結成なさっているかのようだ。

そのコミュニティでは、いちいち異なる意見を「発掘」して来、大ボス(牢名主か何かか?)に告げ口して、「へへwwこんなこと言ってる奴いまっせwwwやっちゃいやしょwwwww」とかいう算段が展開されるのだろうか?

幼稚園や小学校の告げ口以下といいますか、一般的には幼稚園や小学校を卒業すると「そういう行為に何ら意味がない」ということを知識として体感として知るのに、おそらく卒業なさって何十年と経過しているのにも関わらず同一以下の行為に及んでしまうということは、その方々の……その……ということになる。

また、たった一人でそれをやる人もいるでしょう。批判行為は表現の自由だし当然やる権利があると。コミュニティ単位でやってる奴がいるんだし(上記が正しいのであれば、多分)、オレ一人気に入らないやつをけなして何が悪い。

で、恐ろしいことにそういった方々とは「本質的には同意見」つまり当該業界なり、市場なり、システムなりが盛り上がればいいな、ある「よろしくないこと」が自浄・是正されればいいな、みたいなことを根っこでは思っているのに、例えば「そこに至るまでのプロセスがほんっの少しだけ違う」というだけでガチで否定してくるという特徴を持っています。

綺麗事を言いたいわけじゃないけど、ぼくはいちいちどぶの蓋を開けて「うっわ、汚い」みたいなことを言ったりしたりやったりしたことがない。

だんごむしやみんなが嫌いな黒い虫とかが住んでそうな巨大な石を持ち上げて、「うっわマジで住んでるw」みたいなことをしようと思わない。楽しそうとも思わない。汚いとかマジで住んでるとご意見表明することでなにか自分が大きく育ったり、気持ちよさを手に入れるビジョンがガチ目に想像できない。

強いて言えばこの考え方がnoteを1000日以上連続更新できる力に変わるのかも知れません。意図せずしちゃってるので、全然別のなんかで出来てるのかも知れないけど。

……という言い方はすげー上から目線に見えちゃうな、と思ったので弁解すると、連続更新という価値がない行為に関連付ける形で、SNSにおける上から目線パターンについて例示するという意味しかないです。

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中村風景 このサイト内ではいかなる場合でも返信行為をしていません。