小ぎたない恋のはなしEx26:どうぞ3年で辞めてくれ
▼粗筋
かつて共に下校していた鳴海月(なるみ-るな)という少女の名前を大人になった僕は思い出せない。僕は電車でどこかに向かっている。名前を思い出そうとしているがそれどころか、人生上に彼女がいなくなってから見知った社会構造のいびつさや組織体制への恨み事ばかり思い出される。
▼前回
https://note.com/fuuke/n/n1b44a01a0261
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僕はかつて後輩だった彼のことを悪しく思ったことは一度もなかった。同性相手に悪感情を持たないなんて、僕にしては異様に珍しい経験だった。そんな貴重な相手を僕は大切にすべきだった。
僕と彼は齢が離れてはいたけど、前述のように普通に友達だった。わかりやすく言えばため口で話し、あだなで呼び合うレベルだった。あだなといってもたがが知れており、ファミリーネームとファーストネームを短縮した感じの例のだ。
もっと言えば奢り奢られみたいなこともなかった。この場合、奢らなければならないのは僕の方だろうか?
でも僕は、年齢が上だからという理由だけで誰かに金銭や物体の施しをしなければならない同調圧力の空気感を持つ文化に対して心から抵抗する。そこには何らの説得力を有す根拠がないからだ。
だけど彼が僕と同じように僕に施しをしなかったかどうかを思い出せない。もしかしたら……してくれていたかもしれない。ハンバーガーとかそれぐらいの軽いものを。それを忘れてしまったのであれば、僕は薄情か。
僕は彼が、僕のようにわざわざ無料開設サイトみたいなサービスを借りてまで文を世界に発信するような性格だとは思っていなかったので驚いた。だから彼が何かを書いているページを見つけてしまったことを先のようにさっそく文にしてしまった。
彼は自ページの中で、何駅か通り過ぎる前までの僕のように、社会に対する考え方を披露していた。披露というと演説家のそれみたいだが、彼らしく謙虚に発信していた。
たぶんブログサービスにおける宣伝とかクロールされやすい施策みたいなものを一切使っていないようなサイトだった。僕も使ったことがない。つまり発信だけが目的であり、広告なり思想なりを貼り付けてなんとしても自分の存在を猛アピールしたいわけではないように見えた。
そんな中で彼が書いていた社会への考え方はたぶん不満に類するものだと僕は受け止めた。わかりやすいのは職業差別的な考え方だった。
彼は宿泊施設運営企業に入社したらしく、実地研修として地方に派遣されたようだった。新人なんてどこにでも単身赴任させてやればいいとは接客業の掟、勝ちパターン、フレームワークのように思える。
この場合の接客業とは飲食、上記のような宿泊、エンターテインメント業のように箱さえ揃えれば各地にいくらでも集金箱が置ける業態のことだ。
新卒採用という名の地方人件補充だ。本社の優秀な連中をお前につけて手取り足取り教えてやるなんて時間と金の無駄だから勝手に学んでくれ。3年はその地方を潤して回してくれ。バックオフィスがしたかったという希望とのギャップがあるかも知れないが耐えてくれ、どうしても嫌なんだったら、企業から一度雇った人間を辞めさせるのは極大なリスクがあるから、勝手に嫌になって自発的にやめてくれ。こっちは3年間も地方に補充できる人件が確保できて本当に良かったよ。
彼も例外なく、そのレールの上にいたっぽかった。少なくとも僕には彼の字の並びからそのように読み取るほかなかった。
▼次回
▼謝辞
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