日記 20260428
9時起床。
何だか睡い。砂まみれの水飴みたいなものが脳みそと目玉の奥に絡みついているようだ。
こりゃ昼寝か、もっと早い時間に二度寝するパターンかも。朝飯を食い珈琲を淹れてなんとなく机に向かう。
下書き5Pをやろうとする。
が、できない。仕方ない、昨夜寝るの遅かったし…
作品のための取材と称して、とてもじゃないが褒められたものじゃない行為をひとつ行って、早々に昼寝する。
12時再起床。
下書きを進める。
牛歩ながらも何とか終了。時間あったので別企画のネームの直しも1話分済ます。
18時、出かける。
酒屋でビールと焼酎、あと冷凍の食料をこまごま買い、帰り際に扇屋で焼き鳥を持ち帰る。
ももにんにく、上ハツ、ベーコントマト、つくね、などなど。
つくねの美味さはいわずもがな、ニューカマーのベーコントマトが存外美味しい。
ベーコンとミニトマトで、なんとピザの味がする。不思議だ。
サッポロビールと宝焼酎の緑ハイで流し込む。
さて、昨日観た「ARCO」の振り返りでもしてみるか。
俺自身、クリエイターなので、あまり創作側に向けた辛辣な意見を述べたくはない。だけどこの作品は実に惜しい。惜しいからとことんまで考えてしまいたい。
なぜこれほどのアニメーターの腕、演出の妙を得ておきながら、物語をどこかで見たような映像クリップの切り貼りのような印象に終始させてしまったのか。
エンタメ・アート飽食の時代ではある。でも視聴者に素養とリテラシーを求めすぎるのは違う。
「これは分かるよね」と、初歩の説明とドラマの細密なスタックをすっ飛ばすのは、自らを「凡百などこにでもある作品です」と自己紹介して閉じこもるようなものだ。そんなのは大いに勿体無い。
せっかく、バスティアンヴィヴェスみたいな、リアルとアニメのあわいの絵柄を取り込み、子供のドラマと大人のドラマを掛け合わせ、そこから自然発生するようなストーリーを算出したのに、肝心な主要キャラの感情の出どころとかのスタッキングを薄めてしまったせいで、何度かあるクライマックスがクライマックスとして機能してない。
まるで「映画作りの教科書」を脇にずっと置いて作ったようだ。猫を助け過ぎだ。行儀良く座り直してしまうくらいなら、いっそ寝転がってあっちこっちゴロゴロ、自由に転がっていけばいい。崖から落ちても構わない。
こんな感想を抱くのは俺が大人だからか。たぶんこの映画は子供向けだ。
子供達なら喜ぶのか?俺に映画好きの子供の知り合いはいないから分からない。
だけどどうにも「子供だまし」な気がする。このシーンではこういう感情になりましょうという「歪なレール作り」がなされ過ぎている気がして仕方ない。
(最も、俺だってそのメソッドに漬け込まれてしまった『創作ルール人間』の1人という自覚があるので、この作品よりも更に低いレベルで、同じようなことをしているのだろうけど)
飽きずに最後まで鑑賞はできた。だけど、この作品が現代の子供向けアニメ映画のスタンダードだとしたら…どうも引っかかる。
俺がバカだから、汲み取るべき背景情報とかを何も分かってないかもしれない。こうして日記に批評を書いてしまった以上、この作品については今後大いに思い返して、考え続ける。
あの大人のトリオは面白かったな……意味合いとか考察の文脈で考えるからダメなのか?
映像を追っていく体験は素直に面白かった。それだけでいいのか?いいような気もする。いっか……
焼き鳥をつまみながらの飲酒の上で、この文章をスマホで打ち連ねている。
ダメな気がする。酔った。したたかに。
今日は寝る。おやすみ。
明日は休日だとさ、俺は仕事だよ。おやすみ。
