【シャンパンコール】第4話「狂愛のラストソング」
甘ったるい酒の香りに、幾重にも重なる香水の匂い——
俺が店に戻ると、血相を変えた黒服の男に腕を掴まれた。
「ユキぴさん!今すぐにノアちゃんの卓に戻ってください!」
ちらりとノアのいる席へ視線を送ると……
彼女の視線だけが痛いほど俺を射抜いていた。
——
「ユキぴ!!
どこ行ってたの!?
ノアずっと待ってたんだよ?寂しかった!」

「ああ、ごめん。お客さん下まで送ってきた」
席に戻るなり、ノアがすがりつくように俺の腕を取る。潤んだ瞳には、隠しきれない独占欲が滲んでいた。

(まずいな……)
こうなってしまうと、彼女は手の施しようがないくらいに荒れてしまう……。
俺はそっと彼女の髪を優しく触れると、ポンっ……と、軽く頭を撫でた。
「ねぇねぇ♡ノア、頑張ったでしょ?
あの担当被りちゃんには悪いけど……ノア、悪くないよね!?」
彼女の手が少し震えている……。
それが怒りによるものか、恐れによるものかはわからない。
でも……
強がっていても本当は弱い子だということを、俺は知っている……。
「ノアもユキぴのことで負けるわけにはいかないからさ……だから……っ」
真っ直ぐな彼女の目に、俺は一瞬言葉を失いかけたが、なんとか次の言葉を絞り出した。
「うん……わかってるよ?ノア、ありがとう。
ノアのおかげで俺がこの店でKINGをキープできてるのは本当の事だし……いつも感謝してる」
……
「ノアのこと、嫌いになってない?」
不安げな表情を浮かべる彼女に、本当は「呆れてる……」なんて本音を言えるわけがない。
「ノアのこと、嫌いになんかなるわけないじゃん?」
こう答えるのが精一杯だった……。

……俺はノアの瞳を見つめ、フッと微笑みを向けると、彼女はホッとしたように、肩を撫で下ろした。
「そうだ……今日のラスソン、何か歌ってほしい曲ある?」

俺の問いかけに、彼女は目を輝かせてこう答えた。
「White Breath!!!」
——
意外だった。いつものノアならもっと、永遠だとか、愛だとか……夢見心地な歌を選ぶからだ。
「ああ……いいよな?この曲。俺も好き」
「最近よく聞くよね。SNSとかでもいっぱい流れてるし……。
ノアもね、この曲すごくすき!!
……なんかさ、縛られてた蝶々が飛んでく感じ?
……みんな、自由が欲しいんだねぇ……」
ノアの、さっきまでの睨みつけるようなキツい表情がやっと和らいだ……。
コロコロと子供のように表情を変えるその子を目の当たりにして、俺は思わず笑ってしまった。

「ははっ。
お前ってさ、時々やってる事めちゃくちゃだなーって思うんだけどさ……。
案外繊細なとこあるよな。
……そういうとこ、嫌いじゃないよ?」
「……ユキぴ。ノア、寂しかったんだよ。
だから……ごめん。
——
でも、ノアことだけ見てて欲しい……」
切実な願いに胸を打たれないわけじゃない。
でも……
俺にはそれを約束してやれない……。
「……じゃあさ、寂しくさせたお詫びに頑張って歌ってくるわ……ここでちゃんと聞いてて?ノアだけのために歌うから……」
俺はノアの頭を優しく撫でると、空のシャンパングラスを置いて、立ち上がった……
——
「あ……ユキぴ、待って!ピアス、取れかけてる……」
ノアは俺を呼び止めると、取れかけのピアスに手を伸ばし、小さな指先でそれを直してくれた……

「うん♡これで大丈夫!」
「サンキュ……じゃあ、行ってくるな……」
歩くたびに髪から、ほのかにノアの香水の匂いがする……。
触れたのはほんの一瞬のはずなのに……その匂いは呪いのように染み込んでいた……。
ステージに上がると俺はマイクを手に取り、静かなイントロに耳を傾ける……

……
……

嫉妬……
独占欲……
承認欲求……
苛立ち……
いや、それだけじゃない。
俺らの知らないところで、彼女たちは戦っている。店に来ることは、きっと楽しいことばかりじゃないはずだ……
どんなに頑張っても報われない時は報われないし、報われたとしても……
夢から覚めれば過酷な現実が待ってるんだもんな……

高級シャンパン2本分
……普通の女の子が簡単に稼げる金額じゃないだろ?
姫たちはいつも色んな事情や思いを抱えながら俺らの隣にいてくれる……
金=愛の大きさだとは思いたくないけど……
否定もできないんだよな……
それはそれで、ひとつの愛の形なのだろうから……
実際、その愛を貰って生かされてるわけだし。
だから俺は……どんな形でも、もらったひとつひとつの愛にちゃんと寄り添いたい……

永遠はあげられないけど……今、見せてあげられる夢が、彼女たちの中で日々の支えになれればいい……
心の底からそう願った……

