静岡の名所|田子の浦の歴史 ①~万葉の時代から愛され続ける港~
こんにちは
Fuwamaru-studioです🤗
静岡県富士市にある「田子の浦」。
今では生しらすや富士山の絶景で知られる港ですが、その歴史は1300年以上も前までさかのぼります。
万葉の時代から続く景勝地
田子の浦が全国に知られるようになったきっかけは、奈良時代に編まれた『万葉集』です。
歌人・山部赤人は、この地から見た富士山の美しさを歌に残しました。
「田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける」
この一首によって、田子の浦は古くから「富士山の絶景地」として多くの人に知られるようになります。
後に百人一首にも別の表現で採用され、日本人に親しまれる名歌となりました。
「田子の浦にうち出てみれば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」
個人的には、こちらの方が
馴染みがあるのですが…💦
後だったんですね
港町として発展した田子の浦
江戸時代になると、田子の浦は駿河湾に面した港として発展します。
周辺では漁業が盛んになり、新鮮な魚介類が水揚げされるようになりました。
さらに明治以降は港の整備が進み、物流や工業を支える重要な港へと成長していきます。
現在の田子の浦港は、工業港と漁港の両方の役割を担い、静岡県東部を支える重要な拠点となっています。
日本一の生しらす
田子の浦といえば、生しらすを思い浮かべる人も多いでしょう。
駿河湾で水揚げされたしらすは鮮度が命。
港のすぐ近くで味わえる生しらす丼は、多くの観光客のお目当てとなっています。
漁が行われた日しか食べられないため、「今日はあるかな?」という楽しみも魅力の一つです。
今も変わらない富士山の景色
1300年前に山部赤人が見上げた富士山。
もちろん街並みや港の姿は変わりましたが、雄大な富士山は今も変わらず田子の浦を見守っています。
展望施設や港から眺める富士山は、昔の歌人たちも見ていた景色を少しだけ感じられる場所です。
## ふわまるの地球調査日誌
「1300年前の人も、この景色を見て感動したんだね。」
そんなことを思いながら港を歩くと、ただの観光地ではなく、日本の歴史が息づく場所に感じられます。
美しい富士山、新鮮なしらす、そして万葉の歌。
田子の浦は、歴史と自然が今も寄り添う特別な港でした。
