「通知が鳴った朝、、光と影のあいだで」
これは、防災訓練の通知を見て動揺した「私」の話。
でも、きっと誰の心にもある「予期せぬ瞬間の動揺」についての話です。
突然のスマホの音に、心が動いた朝
あの日の朝、スマホからあの音が鳴り響きました。
「原子力防災訓練です」
その文字を見た瞬間、心臓がきゅっと縮みました。
「どうすればいいの?」
「この格好じゃ外に出られない」
「めんどくさい」
そんな言葉が頭の中を行ったり来たり。
結局、内容も読まずに、ただ“逃げたい”気持ちだけが残りました。
それが今時の、正直な心の動きです。
考えるよりも先に、体と心が“防衛反応”を起こしていたんですね。
一呼吸おいて、読み返して気づいたこと
少し時間をおいて、もう一度通知を見返しました。
そこには、こう書かれていました。
「外気を遮断し、屋内で待機してください」
「落ち着いて、国や自治体の指示に従ってください」
あのとき私は外へ出ようとしていました。
けれど、本当は“動かないこと”が正解だったのです。
思わず苦笑いしました。
人間って、危険を感じると「逃げる」ことしか浮かばないんですね。
でも、時には“留まる勇気”が命を守る。
訓練は、そんな心のクセを知るための機会でもあったのかもしれません。
本当の「防災訓練」とは
防災訓練と聞くと、
避難経路を確認したり、水を備えたり
そんな“行動”を想像します。
けれど、今思うのです。
本当に大切なのは、「心の訓練」ではないかと。
怖さで頭が真っ白になる。
判断が鈍る。
そんな自分を責める必要はありません。
むしろ、そうなる“自分の反応”を知っておくこと。
その揺れを理解しておくことが、心の備えになります。
光の恩恵と、静かな責任
この出来事をきっかけに、
私は「電気の恩恵」について改めて考えてみました。
この夏の暑さ。
もし冷房がなかったら、
企業も、病院も、お年寄りも、
普通の生活を続けることは難しかったでしょう。
電気は、命を支える“見えない支え”です。
原発の是非を語る前に、
まずその「恩恵を受けている事実」に目を向けたいと思います。
光を使うということは、
その裏にある“影”
リスクや責任・・と
ともに生きることでもあります。
恩恵だけを享受して、影を見ないふりをするのではなく、
「光と影のあいだにいる自分」として、
日々を生きたいと思うのです。
心の防災訓練を、日常に
光のありがたさと影の重さ。
その両方を感じながら、
今日もスイッチを押して、電気を使う。
便利さを感謝で受け取り、
恐れを静かな責任に変える。
その小さな意識の積み重ねが、
「心の防災訓練」になるのかもしれません。
外気を遮断するだけでなく、
不安という“外気”からも、心を少し閉じてみる。
その静けさの中で、
「私はどう生きたいか」を考える時間を持つ。
今日も、小さな明かりのもとで
「ありがとう」とつぶやける一日でありますように。
