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アホになる


のっけから「アホ」などという、関西訛り丸出しです。
近頃気付いた「アホになる」のこと。


関西では「アホ」が好意的に受け取られる反面、
「バカ」が否定的・攻撃的な言葉とされるらしいのですが、
この「関西事情」をうまく呑み込めていなかった私は
「バカ」というさっぱりとした響きの方を子供時分から好んでいます。


「アホになれ」と私に言ったのは、
正しくは「アホになりや」と言ってくれたのは、同居していた祖母です。





小さな頃から賢しらな私に
「アホになれ」と言ったその意味を、
幼くて、やはり小賢しい私は
「気付かないふりができるようになれ」ということだと解釈しました。

自身の手に余るようなことにまで首をつっこまないように、
消化できないものを飲み込んでしまわないように、
アホになって、鈍感なふりをして
そうやって身を守る術もあるのだと。


近頃、職場の人間関係に少し悩まされているのですが
思い悩む気持ちをちらりと話した方に戴いた言葉が
「私たちもチャラくなりましょうね」でした。


いいと思ったらすぐに飛びついて
失敗したらすぐに手放して、嫌なことはすぐに忘れる。
そういうチャラいやつが幸せをつかみやすいって。

私たちもチャラくなりましょうね。





たまに出る話で「ネガティブリスト」があります。

「〇〇してほしい」「〇〇したい」ではなく、
「〇〇してはいけない」「〇〇はしない」。

そうした方が、何をしたいか・してほしいかが明確になると。
その方が大切なことが素直に伝わるのだと。


そして思い出したのが祖母の「アホになりや」。

「アホになれ」というのは
純粋になれということだったんじゃないかと。

小賢しく、あれもこれもと考えてしまうのではなくて
とびきり純粋になれば良いと。


その答え合わせはできませんが
今はそう捉えてみたいと思っています。


自分と、自分を大切に考えてくれる人を傷付けないこと。
傷付けてもまっすぐ話せるよう、心身を壊さないこと。


それだけをネガティブリストにして、
あとは純粋に、何も考えていないように見えるくらい素直に
ただ良いと思うところに行けば良いのだと。





「アホ」という柔らかな響きは今でもあまり好きではありません。
本当にアホみたいな間の抜けた言葉だなぁと思います。


祖母がそう言ってくれたとき
どう答えたのか、ただ黙っていたのか。
「アホになれたら良いのかもしれない」と頭の片隅で思っていたことは覚えています。

それでも私は格好つけなので
明るく爽やかに「アホになる!」とは言えませんが
クセのある性格と付き合いながら
もっと純粋に、もうここまできたならもっと純度を高くしていくのが
なんだか良いような気もしています。



関西人から「アホやなぁ」と笑われたら
「まだまだこれからです」と答えるくらいの余裕で、
そうしたら、とても嬉しくなれそうだと今は思います。




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