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【雑記】iPadがこの世から消えて欲しいけど消えて欲しくない

※本記事はワタシが執筆および検証を行い、最終的な誤字脱字の確認・校正にのみAIを活用しています。

どうも、はむおっちです。

ワタシの煩悩の大半はガジェットにある。
間違いない。

仕事?
ワタシは社会人としてそれなりに働いているが、そんなものに悩みはない。
人生の真の悩みは「どのiPadを買うか」だ。

そして、何よりの問題は、ワタシの悩みの大半がiPadという存在そのものに由来しているということ。
こいつさえなければ、ワタシはもっと平穏に生きられるはずなのに。

iPadなんて消えてしまえばいい。
今回はそんな話。


iPadってなんなんだよ

こいつの使い道は、マジで不明である。

正直、なくても何の問題もない。
iPhoneとMacBookがあれば、ほぼすべての作業ができてしまう。

それなのに、なぜワタシはiPadに惹かれ続けるのか?
なんでこんなに欲しくなるんだ?

これまでワタシは、何度iPadを買ってきたかわからない。
iPad Pro、iPad Air、iPad mini……
全部買った。

気づけば、歴代のiPadたちがワタシのデスクの上に鎮座している。

一つの結論にたどり着いた。
「iPadは、使い道がないからこそなのでは?」

iPhoneはスマホとして使うもの。
MacBookは仕事の道具。
でも、iPadは何をしてもいい。

動画を観てもいいし、読書してもいいし、手書きノートを取ってもいい。
何でもできる。

でも、何かに特化しているわけではない。
この「何でもできる」けど「何かに特化しているわけではない」という、曖昧なポジションが最高なのだ。

iPadを持っていると、可能性を感じる。
「何かできる気がする」

そう、ワタシは「できる気がするもの」に金を払ってしまう生き物なのだ。

iPadの魔力

こいつは呪いのアイテムである。
一度手にしたら、二度と手放すことができない。

「もうiPadはいらない」

そう思って売ったこともある。
しかし、気づけば手元に戻っている。

なぜか?

何に使うかは分からない。
でも、ないと嫌だ。

これはもはや呪いだ。
Appleによる巧妙なマーケティング戦略。
ワタシはきっと完全にその罠にハマっている。

しかも、iPadはサイズのバリエーションが異常に多い。
iPad mini → かわいい。コンパクトで持ち歩きたくなる。
iPad Air → 軽くて使いやすい。ちょうどいいサイズ感。
iPad Pro → ハイスペックすぎてワクワクする。

どれを買っても正解な気がする。
つまり、どれを買っても後悔しないけど、結局全部欲しくなるのだ。

Apple、やめろよ。

値段の罠

そして何より問題なのは、iPadは高い。
円安の影響もあり、最新のiPad Proは普通に買うと20万円を超えてくる。
もうPCじゃん。

なのに、なぜか「買えない値段ではない」という微妙な価格設定。

これが絶妙すぎる。
もしiPad Proが30万円だったら、さすがに躊躇する。
しかし、10万円ならどうだ?

「MacBookと同じくらいか……まあ、いいか」

こうなる。

いや、よくない。
いいわけがない。

でも、なぜかポチってしまうのがAppleの魔力。

そして何より、買った後も「次のiPadが気になる」という終わりのないループに陥る。

結論:iPadがなくなればワタシは救われる

もう、iPadがなかったらワタシの人生は平和だったのでは?
そう思うことがある。

iPadに費やした金額を計算するのは怖い。
でも、ふと思う。

「iPadがなくなったら、ワタシの人生は本当に豊かになるのか?」
答えは「NO」だ。

結局、ワタシはiPadが大好きなのだ。
何に使うかは分からないけど、ワタシの生活には欠かせない。

昔こんな川柳を見たことがある。
「煩悩が 消えたら自分も なくなった」

ああ、ワタシはiPadと共にあるのだ。
この呪いは、解けない。

Apple、ありがとう。
ワタシの人生に、これほどの楽しみを与えてくれて。

そして、どうか次のiPadも魅力的な進化を遂げてくれ。
また悩んで、また買って、また後悔して、また愛するために。

あー、iPadなくなってほしい。

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