#23 大きな石から入れよう――人生で本当に大切なもの
はじめに皆さん一人ひとりにとっ
修了式は、一年間を締めくくる日です。
しかし、令和8年3月25日の修了式は、私にとってもう一つの意味をもつ特別な日でもありました。
43年間の教員生活で、生徒たちへ贈る、「最後の校長講話」となったからです。
式場には、1、2年生だけでなく、一週間前に卒業した3年生や保護者の皆さんも参列してくださいました。
修了式に続いて、教職員の離退任式が予定されていたからです。
退任のあいさつも含め、私は最後に何を伝えようかと考え、一つの話を選びました。
それは、校長になってから三年に一度ほど、卒業式や学校だよりでも紹介してきた「大きな石」の話です。
人生は、限られた時間の積み重ねです。
だからこそ、その時間を何に使うのか。
何を一番大切にして生きるのか。
その選択が、その人の人生を形づくっていきます。
退任の日、生徒たちへ心を込めて贈った、最後の修了式講話です。
令和7年度 修了式 校長講話
ー 大きな石から入れよう ー
今日で、今年度が終わります。
そして、私にとっても、この〇〇中学校で皆さんへお話しする最後の修了式となりました。
修了式の後には離退任式も予定されています。
今日は、退任のあいさつも兼ねて、皆さんへ最後に一つの授業をしたいと思います。
私は演壇の上に、一つの器を置きました。
生徒たちは、「何が始まるのだろう。」という表情で、器を見つめています。
私は何も説明せず、小さな石を一つ、また一つと器の中へ入れ始めました。
やがて器は、小さな石でいっぱいになりました。
私は生徒たちに尋ねました。
「この器は、もういっぱいでしょうか。」
体育館から、
「はい。」
という声が返ってきます。
私は何も言わず、演台の下へ手を伸ばしました。
そして、砂利を取り出し、器へ流し込むと、砂利は小さな石の隙間へ、さらさらと吸い込まれていきます。
もう一度、私は問いかけます。
「では、今度こそ、いっぱいでしょうか。」
今度は、
「まだ入る。」
「何かありそう。」
そんな声も聞こえてきました。
続いて砂を入れると、砂は、さらに細かな隙間へ入り込んでいきます。
最後に水を注ぐと、水までもが器の中へ静かに吸い込まれていきました。
体育館には、小さなどよめきと笑顔が広がりました。
私は、その様子を見渡しながら、生徒たちへ問いかけました。
「さて、ここまでの実験で、校長先生が皆さんに一番伝えたかったことは、何だと思いますか。」
しばらく体育館は静まり返りました。
いくつかの答えが返ってきます。
私はうなずきながら、演壇の横に置いてあった一つの大きな石を手に取りました。
そして、こう続けました。
大きな石を先に入れる
私が一番伝えたかったことは、
「大きな石を先に入れなければならない。」
ということです。
もし最初から小さな石や砂、そして水ばかりを入れてしまえば、
大きな石は、もう入らなくなってしまいます。
人生も、同じです。
目の前の忙しさや、
やらなければならないことだけに追われていると、
自分にとって一番大切なものに使う時間が、
いつの間にかなくなってしまいます。
そうです。
この大きな石とは、
皆さん一人ひとりにとって、
「本当に大切なもの」です。
それは、
家族でしょうか。
友だちでしょうか。
夢や目標でしょうか。
健康でしょうか。
人を思いやる心でしょうか。
その答えは、一人ひとり違うと思います。
だからこそ、
誰かが決めるものではなく、
自分自身に問い続けてほしいのです。
「私にとって、大きな石とは何だろう。」
入らないほど大きな石があるとき
もちろん、人生には、今の自分には器に入りきらないほど大きな石もあります。
どれほど努力しても、すぐにはかなわない夢があります。
そんなときは、あきらめるしかないのでしょうか。
私は、そうは思いません。
石を砕けば、小さくなります。
つまり、方法を変えるということです。
あるいは、自分自身の器を大きくするという方法もあります。
学び続け、経験を積み重ね、人として成長していくことで、今は入らない石も、いつか入るようになるかもしれません。
だから、どうか簡単にあきらめないでください。
人生のコンパス
これから皆さんが歩んでいく社会は、これまで以上に大きく変化していきます。
何が正しいのか。
どこへ向かえばよいのか。
迷うこともあるでしょう。
そんなとき、皆さんの進む方向を示してくれるものがあります。
それが、自分自身の人生のコンパスです。
そのコンパスは、「問い」を持ち続けることで育っていきます。
「なぜだろう。」
「本当に大切なものは何だろう。」
そう問い続けること。
そして、学び続けること。
それが、自分だけの人生を歩いていく力になるのだと思います。
命とは時間
最後に、もう一つだけ伝えたいことがあります。
命を大切にするとは、時間を大切にすることです。
命とは、人に与えられた時間そのものだからです。
焦る必要はありません。
急ぐ必要もありません。
けれど、その時間を何に使うのかは、自分で選ぶことができます。
自分のためだけではなく、
誰かのために、自分の時間を使うこと。
もしかすると、そこに本当の幸せや、生きがいを見いだしていくことができるるのかもしれません。
「使命」という言葉は、
命を使う
と書きます。
最後に
私は四十三年間、教師として子どもたちと向き合ってきました。
その中で、一つだけ確かに言えることがあります。
人の人生をつくるのは、才能ではありません。
「何を大切にして生きるのか」という選択です。
どうか皆さんも、自分にとっての「大きな石」は何かを問い続けながら、自分の命の時間を大切に使ってください。
この〇〇中学校で、皆さんの成長する姿から、私自身もたくさんのことを学ばせてもらいました。
本当にありがとうございました。
もし、これからの人生で迷うことがあったら、今日の話を、ほんの少し思い出してください。
「私にとって、大きな石とは何だろう。」
その問いを持ち続ける限り、人は何度でも、自分の進むべき道を見つけることができると、信じています。
これまで、
ありがとう。
元気でね。
そして、自分らしい人生を歩んでください。
【注】
本講話で紹介した「大きな石」の話は、アメリカの大学で語られた寓話として広く知られているものをもとにしています。
