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社会人になって大学院で学ぶということ

Japan Advanced Institute of Science and Technology (通称: JAIST) への進学


今年の4月から北陸先端科学技術大学院大学 (Japan Advanced Institute of Science and Technology 通称: JAIST) の東京サテライトで学生生活を送っている。夢の一つであったCS(コンピュータサイエンス)を学ぶ事が社会人になって実現でき、毎日が充実している。

大学院生とはいっても平日に毎日通学するわけではない。JAIST本体は石川県に拠点をおいているが、社会人向けに東京サテライトが品川駅のビルにあり、そこでは土日や平日夜間を中心に講義を受けることができる。そして私は長期履修制度を使っていて、通常2年かけて取得する単位を3年間かけて取得する予定となっている。そしてコロナの影響もあって現在はリモート講義がメインとなっている。(講義によっては対面が推奨される場合もある)


平日のスケジュール


そのため平日の仕事へのほとんど影響はなく基本的には以下のスケジュールで1日を送っている。

- 6:45 起床、息子の着替えや朝食作り
- 8:00 保育園への送り、帰宅後朝食
- 9:00 - 17:00 お仕事 (半日稼働にしたり臨機応変に)
- 17:30 お風呂沸かし 、息子のお迎え
- 18:00 - 21:00  夕飯作り、夕飯 、お風呂 (片付けと寝かしつけは妻にお願い)
- 21:00 - 24:00 研究、講義の予習、復習

自分の場合は家庭があり仕事以外に家事や育児も日々こなす必要があるため、自分の学習に当てられる時間は1日の中で限られている。そのため妻と朝晩で役割分担をして、自分は主に朝を担当し、夜は妻に家事育児を任せる形で、学生生活をなんとか成立させている状態だ。


なぜ今大学院でCSを学ぶのか?


自分はソフトウェアエンジニアとして(主にiOSを生業)としてキャリアのほとんどを過ごしてきたが、常々感じるのはApple社が提供しているUIKitやSwiftUIは非常に良く出来たフレームワークであるということだ。分からないことも大抵の事はGoogleで検索するとすぐに解決できるし、Apple社のドキュメントも充実している。サーバーサイドもFirebaseを始めとするクラウドサービスが充実してきている時代の中、正直言ってCSの基礎知識がなくてもアプリ開発における(ライフサイクルなどの)前提知識を叩き込めば、よほど複雑な仕様や技術を要しない限り、おおよそ半年-1年程度の経験で大抵のアプリは開発できてしまうと思う。

補足: 今の時代は昔に比べて世間からみたソフトウェアの要求水準は非常に高まってきていて、大抵のアプリは非常に複雑な仕様やアニメーションを実現できないと生き残っていけないし、素早い改善サイクルを回せなければなりません。そのために企業はそれなりの報酬を払って優秀なエンジニアを採用しようとします。何が言いたいかというと、ここでモバイルアプリに関わる技術を軽視する意図は全くないということです。

2022年で29才になった自分が大学院への進学を考え出したのは27才(2020年)の冬頃からだった。夏頃にCoincheckという会社を退職し、直後からフリーランスのような形で知り合いの企業のアプリ開発のサポートをしていた。

流れる月日の中、どこか他のモバイルエンジニアとの差別化要因を持てないでいる自分は「エンジニアとして本当にこのままやって行けるのだろうか?」と自問自答する事が増えてきた。

アルゴリズムとデータ構造の知識もなく、ましてや理系の学位も持たずして、日々UIKitやSwiftUIのライフサイクルに乗っ取って、コードを決まったアーキテクチャに落とし込んでいくという業務が、本質的な知識が無い自分にとっては、表面的なAPIと画面越しに会話しているだけのように感じ、それは自分にとって表面的な知識の切り売りをしている感覚に他ならなかった。
「自分は本当にエンジニアと言えるのだろうか?」という不安も頭の中をよぎるようになってきた。
つい2-3年前までは、最新技術の動向を追ったり最新のアーキテクチャで実装したり、理解することに喜びを覚えていたが、最近はもっとCSの基礎について学びたいという欲求が出てきた。また、国内外問わずの環境で働くことを視野に入れていることもあり、STEMの学位が欲しかったというのもある。

STEM教育とは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の4つの教育分野を総称した言葉です。STEMという言葉は、科学・技術・工学・数学の頭文字からなる造語であり、STEM教育ではこれらの分野に力を入れた教育を目指します。

https://wonder.litalico.jp/news/column2107-2/

なぜ今のタイミングで大学院に通っているかというと、まだ息子が保育園に通っているというのが大きい。今後は息子の成長にともなって、学校の長期休みを利用して家族で国内外へ旅行に行ったり、祖父母のもとに帰省してあげたいと考えている。数年後はそういった家族イベントに時間を使っていきたいが、その時に学校を理由に諦めることはしたくないと考えた。(実際に現在、お盆などのまとまった休暇はほぼ全て勉強か研究に当てないと、私の学力では講義の内容をカバーできない状態になっている。)
もちろん子どもがそれなりに大きくても、その辺りを上手にやっている保護者の学生は自分の周りにも沢山いて、「凄いなぁ」と思う一方、不器用な自分には到底困難を極めるだろうなと考えた。

そのような事情から、保育園に通っている今のタイミングで大学院に通うことにした。
(正直言うとそれは後付けで、9割は思い立ったが吉日だからだ。笑)

将来になってみないとわからないが、このタイミングでの大学院への進学が良い判断だったと、後で振り返った時思えるようにしたい。

大学院では何を学んでいるのか?

大学院では、言語推論研究室 / RebelsNLUの研究室に所属しており、機械学習や自然言語処理について研究している。(研究室のWebサイトは以下) 
RebelsNLU / 言語推論研究室 RebelsNLU is a research lab for Artificial Intelligence (AI) and Natural Language Processing (NLP), run by Associate…


社会人になって大学院で学ぶということ

実際に入学してみて、大人になってからもその道の研究者のアドバイスを直接受けられる環境は非常にありがたいと思う。何かわからないことがあってもSlackで質問をするとすぐにLabのメンバーや教授から反応があり、体系的に知識を身につけられているという自覚や自信にも繋がっている。

一方で世帯を持っている僕からみると、家族の理解やサポートなしに実現することは難しかった。特に休日メインの講義は時間的な制約が非常に大きい。「ま、入学すれば何とかなるだろう!」と、たかを括っていた自分は、日を追うごとに講義の中で理解出来ないことが増えていくことに気づき、苦しむ羽目になる。結果、現在は予習復習と課題に忙殺され、それらに多くの時間(平日夜間、休日)を犠牲にせざるを得ない状態となってしまっている。先日、大学院を修了された先輩のnoteに以下のような、今抱えている自分の感覚と非常によく似た文があった。

入学した僕を待ち受けていたのは過酷な現実だった。授業が難しい。
ソフトウェアエンジニアとして10年の経験があるのだから、授業はせいぜい応用情報技術者試験みたいなものだろうと高をくくっていたが、これは大変に甘い考えだったと認めざるを得なかった。

https://note.com/fushiroyama/n/n602687744edb


最後に


子育てをしている自分にとって、今大学院で学べているということは妻の理解とサポートがあるからであり、非常に感謝している。息子はとても可愛いくて、更に年末ごろには家族も増える予定になっている。息子は日を追う毎に出来る事が増えていき、毎日が感動と心配の繰り返しだ。「きっと年老いた時、ベッドの上で妻と子どもたちとの思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡るのだろうな」と思う。(まだ20代だけど)


と、家庭環境は充実する一方なのだが、学校生活は全くそうはいかない。
日々仕事と家事育児をこなしながら、冒頭で述べたようなスケジュールに沿って、勉強や研究を進めるのは容易ではない。しかし何より学校は自分が好きで通っているし、大学院に通い始めて「学ぶ豊かさ」について考えさせられる。


そして忙しいながらもこの道を選択して良かったと心から思っている。


これからもパパと学生という二足の草鞋を履きながらも頑張っていきたい。

終わり。

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