「好青年のホンジュラスと、偶然が手繰り寄せた師匠の背中」――雪の青森で、私の意識の低さを少し恥じる【青森・きゅん旅日帰り編④】
たっぷりと脂ののったのっけ丼で腹を満たした後は、いよいよ今回の旅の第一目的であるコーヒータイムだ。
連日の寒波のせいだろう、除雪された雪がうず高く積もり、すっかり幅の狭くなった歩道。滑って転ばないように、スノーブーツの足元へ慎重に神経を集中させながら歩みを進める。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら辿り着いたのは、事前にチェックしていた、とある自家焙煎のコーヒーショップだった。


一歩足を踏み入れると、そこは今風の無機質さをベースにしつつも、木素材の温もりが絶妙に調和した、どことなく落ち着くお洒落な空間。 ラッキーなことに、ちょうど店内のお客は私一人だけだった。これ幸いとばかりに、一人のコーヒー屋としての職業病で、カウンターの配置やディスプレイ、マシンの並びなどをいつものようにじっくりと観察し始める。
カウンターの奥に立つのは、物腰の柔らかそうな若い男性スタッフだった。


さっき、マグロやら卵焼きやらを豪快にのせた重ためのどんぶりを平らげたばかりの私の胃袋は、いま猛烈にスッキリとした液体を欲している。メニューを眺め、浅煎りから中煎りの「ホンジュラス」をチョイスした。
猿田彦の好青年と、居たたまれない私の劣等感
丁寧に淹れられたホンジュラスを口に含む。 クリアで爽やかな酸味と甘みが、のっけ丼の脂を心地よく洗い流してくれた。素晴らしいクオリティだ。
贅沢な空間を独り占めさせてもらいながらのんびりと過ごしているうちに、ふとしたきっかけでその若いバリスタの彼と会話が始まった。聞けば、お互いにコーヒーを生業とする身。自然と話は盛り上がり、彼のこれまでの経歴や近況についての話になった。
なんと彼は、あの有名な「猿田彦珈琲」でみっちりと修行を積んだのちに独立し、この地で自分の城を構えたのだという。しかも、すでに家庭を持ち、自らの足でしっかりと人生の土台を築いている、絵に描いたような好青年だった。
「……うわぁ、素晴らしいなぁ」
笑顔で彼の話を聞きながら、私の心の奥底では、むくむくと「劣等感」のようなものが頭をもたげていた。 片や、若くして超名門で修行を積み、若くして家庭を持ち、地に足をつけながら洗練された一杯を提供する志高き好青年。 片や、ただ「日帰りでどこまで遠くへ行けるか」などという狂ったパズルを解くためだけに、片道7時間かけてのっけ丼を胃袋にかき込んできた、意識の低いアラフォーの男。
(俺は一体、何をやっているんだ……まだまだ、本当に甘いな……)
自らの器の小ささと、どこまでも低い意識の低さを思い知らされ、何だか少しばかり恥ずかしい気持ちにさせられる。けれど同時に、こういう真っ直ぐな同業者と異国の地(ではないけれど、遠く離れた北の地)で出会い、ダイレクトに刺激を受けられることこそが、旅がくれる最高のギフトなのだ。
師匠の影を踏む、雪国の奇跡
そんな私の内心のザワつきなど知る由もなく、彼は「青森に来たなら、ぜひここへも行ってみてください!」と、おすすめの焙煎所を教えてくれた。
スマホの画面に表示されたその店の名を見た瞬間、私は自分の目を疑った。
「……え? ここって、もしかして……」
繋がった。 なんとその店は、私がコーヒー焙煎のイロハをすべて叩き込んでもらい、今でも「私の師匠でありインストラクター」と仰ぐ親しい友人と、まったく同門の焙煎所だったのだ。
長野の白馬からきゅんパスで突発的に青森へやってきて、たまたま入ったお洒落なカフェで出会った好青年。その彼からバトンを渡されるようにして提示されたのが、自分のルーツの源流とも言える場所だなんて、そんな出来すぎたストーリーがあるだろうか。
偶然という名の、恐ろしいほどの縁。 好青年に深く感謝を告げて店を後にし、私は教えられた地図を頼りに、積もる雪を踏みしめながらその場所へと急いだ。
近づくにつれて、胸の高鳴りが早くなっていく。 一体、そこにはどんな空間が待っているのか。自分の焙煎の師匠が学んだその背中が、この寒烈な青森の地にある。
冷たい風で強張る指先で、私はその焙煎所の入り口のドアノブを掴んだ。 ゴクリとツバを飲み込み、ドキドキする胸を押さえながら、その重い扉をゆっくりと押し開けるのだった。
(つづく)
