品質不良の真因は技術ではなく、「小さな親切と通信」が現場を壊していた
▶ まずこの一文を読んでほしい
不良を出したくて出している人は一人もいない。
現場を壊しているのは悪意ではなく、
「ラインを止めたくない」という善意だった。
前回の記事で一人の成功体験が現場に伝播し
改善提案が月20件を超えた話を書いた。
主体性が生まれ始めた。
報告も増えた。
現場の空気は確かに変わっていた。
でも現場は生き物。
次の壁が現れる。
「また同じ品質問題が出た。」
「また同じラインで不良が発生した。」
「対策したはずなのになぜ繰り返すのか。」
私は長い間この問題を技術の問題だと思っていた。
作業者の習熟度の問題だと思っていた。
でも違った。
品質問題の真因は技術でも能力でもなかった。
「責任の所在が曖昧になる構造」と
「現場の善意が生む連鎖」が根っこにあった。
■ あなたは今、こんな状況にないか?
「対策を打った。」
「再発防止の指示も出した。」
「それでも翌月また同じ問題が起きた。」
「原因を聞くと『分かりません』と返ってくる。」
「現場を見ると手順と違うことをやっている。」
「誰も悪意を持っているわけじゃない。」
「でもなぜ繰り返すのか。」
この悩みに心当たりがあるなら
今回の記事はあなたのためにある。
品質問題の再発には技術的な原因だけではなく
組織構造的な原因がある。
その構造を知らないまま対策を打ち続けると
同じ場所で同じ問題が繰り返されてしまう。
■ チョコ停が現場を壊す「本当のメカニズム」
V字回復が見え始めてきた頃、
直行率(一発で良品になる率)の数字が
少しずつ上がってきていた。
報告も増え、改善提案も出るようになっていた。
でもあるラインだけ品質不良が繰り返し発生していた。
私は当初作業者の手順遵守の問題だと思っていた。
ところが現場をよく観察すると実態は違っていた。
そのラインでは設備の小さな停止が頻繁に起きていた。
いわゆる「チョコ停」だ。
一回の停止は数秒から数分。
大きなトラブルではない。
だから誰も報告もしていなかった。
しかしこのチョコ停が現場に何をもたらしていたかが問題だった。
設備が止まる。
生産が追いつかなくなる。
「ラインを止めたくない」という気持ちから、
作業者が独自の判断で処置を始める。
その処置が少しずつ標準作業からズレていく。
そのズレが日常化する。
そしてある日大きな不良が発生する。
これが品質トラブルの本質的なパターンだった。
最初のきっかけはチョコ停という「小さな異常」だ。
しかし作業者を責めることはできない。
彼らは「ラインを止めたくない」という善意で動いていた。
問題は善意の先にあった。
その「善意による判断」が積み重なって、
いつの間にか標準から外れた状態が
「普通」になってしまっていたのだ。
■ 「人数が増えると品質が下がる」という逆説
もう一つ、当時の現場で気づいたことがある。
品質問題が多いラインに共通していた特徴があった。
それは「担当者が複数いる」ということだった。
複数人で確認した方が品質は上がりそうに思える。
だが実態は違った。
担当者が複数いるとこんな心理が生まれやすい。
「Aさんが確認しているはずだ。」
「もう誰かが気づいているだろう。」
「わざわざ私が言わなくてもいいか。」
前の記事でも書いた「社会的手抜き」である。
人数が増えるほど一人ひとりの責任感が分散し、
誰も最終責任を持たない状態になってしまう。
ある品質問題を追いかけるとこういう会話が返ってきた。
「確認はしましたが、私の担当外かと思って。」
これは彼らが怠慢だったわけではない。
責任の所在が曖昧な仕組みの中にいると人は自然とこう動く。
製造業の本質は
「ハヤク・タダシク・ラクニ・ヤスク」
を追求すること。
だが、誰が「タダシク」の最終責任者なのかが
現場に伝わっていないとこの追求は機能しない。
■ 「なぜ言わなかったのか」ではなく
「なぜ言えなかったのか」
品質問題が繰り返されるラインを担当していた
作業者ピム(仮名)に個別で話を聞いた。
「ピムさん、あのチョコ停はいつ頃から起きていたの?」
彼女はしばらく黙ってから答えた。
「半年くらい前からです。」
「最初は週に一回くらいだったんですが、
だんだん増えてきて。」
「報告しようとは思ったんですが…
生産が止まると迷惑をかけると思って。」
「自分たちで何とかしようとしていました。」
半年前から起きていた。
それを誰も報告しなかった。
なぜか。
「迷惑をかけたくなかったから」。
これがまさに「小さな親切と通信」が現場を壊す構造だ。
「ラインを止めたくない」という親切心。
「自分たちで何とかしよう」という責任感。
「上司に迷惑をかけたくない」という気遣い。
そのすべてが善意から生まれていた。
しかし、その善意が積み重なることで
問題が半年間も見えない場所に沈んでいた。
管理職として私が問うべきは
「なぜ言わなかったのか」ではなく、
「なぜ言えない雰囲気を作っていたのか」だった。
■ 品質を守る3つの構造改革
ここから私は「対策の仕方」ではなく
「構造そのもの」を変えることにした。
難しいことは一つもない。
今日から変えられる3つだ。
STEP 1:
「この工程の最終責任者はあなただ」と名前で伝える
品質が守られない最大の原因は、
責任の所在が曖昧なことだ。
「みんなで品質を守ろう」という言葉は聞こえはいい。
だが「みんなで」は「誰も責任者ではない」と同意語。
NG:「この工程の品質はみんなで確認しよう」
OK:「この工程の品質確認の最終責任者はピムさんだ。」
「不明な点は彼女に聞いてほしい。」
「判断に迷った時は必ず声をかけること。」
名前で役割を渡すことで
「誰かがやってくれる」という感覚が消える。
同時に「困ったら上に言っていい」という安全弁も
必ずセットで渡すことが重要。
STEP 2:
「異常を止める判断」を正式に認める
チョコ停が発生した時、作業者は二択に迫られる。
「ラインを止める」か「何とかして続ける」か。
この選択で「ラインを止める」を選ぶためには
止めることが「正しい判断だ」という雰囲気が必要。
止めると怒られる空気があれば
作業者は何とかして動かそうとする。
その「何とかする」が標準から外れ品質問題につながる。
使える一言:
「異常が出たら迷わず止めていい。」
「生産より品質が先だ。」
「止めた判断は正しい。」
「その後は一緒に解決しよう。」
この一言を繰り返し現場で言い続けることで
「止める勇気」が生まれる。
止めた作業者を怒るのではなく
最初に「よく止めてくれた」と言う。
それだけで現場の判断基準が変わる。
STEP 3:
小さな異常を「早く言うほど得になる」仕組みを作る
ピムが半年間チョコ停を報告しなかったのは
「言っても解決しない」か「言ったら叱られる」
という学習があったからかもしれない。
報告が来ない現場では必ずこの雰囲気が現場に流れている。
「言う → 怒られる」
または
「何も変わらない → 次も言わない」
この雰囲気を変えるには、「言った結果」を変えるしかない。
朝礼で使える一言:
「昨日、○○さんがチョコ停を早めに報告してくれた。」
「おかげで大きな問題になる前に対処できた。」
「ありがとう。こういう報告がラインを守る。」
早く言えば問題が小さく済む。
隠せば問題が大きくなる。
この体験を現場に積ませることが報告文化を作る最短ルート。
■ 明日からできる小さな一歩
□ この工程の「最終確認責任者」の名前を決めているか
□ 「異常を止める判断」を最近、現場で声に出して認めたか
□ 小さな異常の報告に「ありがとう」で返したことがあるか
□ 「みんなで確認」という指示を名前のある指示に変えているか
□ 再発した品質問題の「最初の異常」がいつだったかを確認したか
□ チョコ停を生産管理の問題ではなく品質問題として捉えているか
まず一つだけ明日試してほしい。
一番品質問題が多いラインの担当者に
「この工程の品質確認はあなたに任せたい」
と伝えるだけでいい。
これが曖昧だった責任の所在を変える最初の一手になる。
■ まとめ・行動提案
品質問題が繰り返される現場には必ず構造的な理由がある。
作業者の能力でも、やる気でも、文化でもない。
一つ目は「責任の分散」。
誰もが「誰かが確認しているはず」と思っている状態が最も危ない。
名前で役割を渡すことが品質を守る出発点。
二つ目は「善意の沈黙」。
作業者は問題を報告すると怒られる、
または何も変わらないと学習すると黙って対処し始める。
その善意が品質を壊す。
三つ目は「小さな異常の放置」。
チョコ停ひとつが放置されると
現場の対応が標準から外れ始め、
それが日常化し、大きな品質問題につながる。
品質を守るために必要なのは技術的な対策だけではない。
「誰がこの工程の責任者か」を明確にし、
「異常を止める判断を歓迎する」文化を作り、
「報告したら良いことが起きる」体験を積ませること。
不良を出したくて出している人は一人もいない。
その前提に立った時、
初めて品質問題の本当の入口が見えてくる。
■ 明日使える一言
この工程の品質確認の最終責任者はあなただ。
異常を感じたら迷わず声をかけてほしい。
止めた判断は正しい。
この一言を一人の部下に伝えてみてほしい。
「責任者」という言葉に最初は戸惑うかもしれない。
でも名前で役割を渡された人間ははっきりと変わる。
同時に「異常を止める判断を歓迎する」の言葉が
「言っていいんだ」という安心感をつくる。
この二つがセットで機能した時
現場の品質を守る文化が生まれ始める。
▶▶ 次回予告|この記事を読んだあなたへ
責任の所在を明確にした。
報告も少しずつ増えた。
でもここまでやっても深刻な情報を全て吸い上げたとは言えない。
原因はタイ人の文化でも部下の能力でもなかった。
「完璧な上司を演じていた私自身」が報告を止めていた。
でも私が300人の前で「私の判断ミスだった」と
口にした日から現場が変わった。
失敗と成功は分かれ道ではない。
成功への一本道の途中に失敗があるだけ。
上司が弱さを見せた瞬間部下の本音が動き始める。
その話を次の記事で書く。

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タイで14年、300人の部下と泥だらけになりながら現場マネジメントを学んできたガクです。
3期連続赤字の事業を1年半でV字回復させた経験がありますが、最初からうまくできたわけではありません。
信頼を失い、現場に背を向けられ、そこから学び直してきた話をこのnoteに書いています。
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次回も現場で油まみれになりながら学んだことをできる限り具体的に届けます。
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