「ちいさな美術館の学芸員」という発明
年の瀬ですね。2025年ももう終わりか。みなさんはどんな1年でしたか?
私はおかげさまで、今年2冊の新たな書籍を世に出すことができました。
『学芸員が教える 日本美術が楽しくなる話』(産業編集センター、2025年5月)
『忙しい人のための美術館の歩き方』(筑摩書房、2025年7月)
どちらもいまだ順調に増刷となっています。ありがとうございます。
そして今現在も、来年刊行する(はず)2冊の原稿を同時並行でせっせと書いております(と言っても本業の隙間時間しか使えないので、言うほど進んでいないのですが……)。
そんなあれやこれやも、元をたどれば2022年にこのnoteで「ちいさな美術館の学芸員」として記事を書き始めたところからスタートしています。思えば遠くへ来たもんだ。
そして今あらためて思うのですが、この「ちいさな美術館の学芸員」というのは我ながら良い発明でした。
なぜ、そんなことを言うかというと、先日ある編集者さんと打ち合わせをしていた時にこの名前の話になりまして、自分の中で今さら気づいたことがあるからです。
打ち合わせの途中で、どこかのタイミングで本名に切り替えるかどうか、みたいな雑談になりました。そこで私は「そのうち本名や身分を明かして本業と完全にリンクさせて活動するのもいいかなと思うんですが、まだその時じゃないという直感があるんですよね〜」とかえらそうにしゃべっていました。
そう、自分でもなんとなく「ちいさな美術館の学芸員」だとやりやすい、書きやすい、発信しやすい、と感じているんですよね。
やっぱり匿名という気楽な立場だからかな、ぐらいに思っていたのですが、その時の編集者さんとのやり取りで少し解像度が上がりました。
学芸員にせよ、大学教員にせよ、私がこれまで出してきたような本を書く能力がある人は山ほどいます(これはもう謙遜とかではなく本当にね)。でも実際には書きません。
それはそれぞれ専門分野があるからです。私がこれまで出した本もこれから出す本も、私自身の専門分野を大きく飛び越えたことについて気ままに書いています。それができたのは「ちいさな美術館の学芸員」だからです。
なぜ、専門を越えたことが書けないのかというと、別に業界内でいじめられるからとかそんなことではなく、「その分野だったら自分より絶対○○さんが書いた方がいいよな」ということが自分でもわかっているからこそ、心理的なブレーキがかかるのです。
人間の能力には限界がありますから、すべての分野で誰よりも詳しくなることなんてできません。だからおのおの専門領域に特化して研究を深めるしかありません。逆に言うと、専門外の領域についての自分の無知さも重々承知しているわけです。
私も本名だったらきっと色んな人の顔がちらついて、ここまで自由に書けないだろうな、という気がします。
その結果、美術全体の話やジャンル横断的な広いテーマで本を書くことができるのは、超大御所レベルの先生、知の巨人のような偉人だけになってしまうわけです。
でも、できることならたくさんの人に美術の面白さを知ってもらいたいじゃないですか。専門に特化した話も面白いけど、もっとカジュアルに美術のいろいろな見方を手を替え品を変え紹介するような本もあるべきだと思うんですよね。
そこで「ちいさな美術館の学芸員」なのです!
こいつは私であって私でない。言わば別人格のようなものなので、「ちいさな美術館の学芸員」名義だと不思議ととてものびのびと話を展開していくことができます。こころなしかアイデアにも柔軟さが出てきます。本名にした途端、この神通力は消え去るんだろうなという予感があります。
というわけで、まだしばらくはこの「ちいさな美術館の学芸員」と歩んでいこうかと思います。とりあえず来年2冊、面白い本を出しますんで乞うご期待(←自分でハードルを上げる)。
それではみなさま、よいお年を!
