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学芸員の「裏方気質」は美徳?それとも

前回の記事が思ったより反響がありました。

やはり、美術館に限らずどんな仕事でも似たようなことがあるのでしょう。

さて、前回の記事を自分で読み返してみると、なんとなく「自分の名前が出る仕事に力を入れる人は、功名心にかられた自己中心的人間」というネガティブなイメージ、「裏方仕事に徹する人は和を重んじる優れた人間」というポジティブなイメージを読者に与えてしまう気がしてきました。

日本人の気質としてこれはありますよね。出る杭は打たれるジャパン。私も無意識にそんな言い回しをしてしまったかもしれませんが、すこし補足させてください。

美術館の学芸員は黒子仕事だということは繰り返しお話していますが、その気質に染まりすぎて、またはもともとの性格で、表に出ずにサポート的な仕事ばかりを何年経ってもやっている、そんな人もいるのです。
周りからすれば、それはそれはとても助かる存在です。自己主張が控えめなので、職場内で軋轢を生むことも滅多にありません。

学芸員として就職して最初の1、2年、懸命に裏方仕事を行うのはよいでしょう。地味な仕事にこそ本質がありますし、組織の中でどんな動きが求められるのかも理解できますからね。

ただ、5年、10年と経っても同じように自分の名前を前面に出すことを避け、裏方仕事だけを行っているとなると、別の問題が生じてきます。端的に言えば成長スピードが遅いのです。後輩達をまとめて美術館を運営していくような頼もしい存在になかなかなってくれません。これはこれで困りものです。

なぜ好んで裏方仕事をするのか。きつい言い方をするなら、名前が残らない仕事は匿名で行う仕事なので責任をともないません。だから精神的に楽なのです。
その逆で、自分の名前を出して行う仕事というのは、責任者は自分であるというプレッシャーとともにあります。だからきつい。主張するから他人と衝突することもままあります。これまたきつい。でもだからこそ成長する。うーむ、ままならないものですね。

名前が残る仕事、名前が残らない仕事、どちらを好むかは生来の気質によるところが大きいと思います。だから本人の希望だけを尊重していると、どちらのタイプにせよ極端な方向に行ってしまいがちです。
それを避けるためには、学芸室会議などで各自の仕事配分を確認しながら、上司が適切に仕事の種類と量を割り振っていく、という作業が欠かせないのです。

まぁこれはあくまで理想論です。美術館という組織の規模にも左右されますからね。あまりに図体が大きいところだと(学芸員数10名以上)、誰か一人が全体を見通すというのが困難なため、意外とそれぞれが好き勝手やるような状態になります(いや、会社を考えればそれも言い訳ですが)。
逆にかなり規模の小さな美術館だと(学芸員数3名以下)、上長と部下という体制にならず、一人一人がフル稼働しないといけないため、やはり適切な業務分担が難しくなります。

つまるところ、都市部ではない地方の公立美術館ぐらいの規模、学芸員数5〜10名程度が一番組織として回しやすいのかな、という気がしています。あ、だからこの手の美術館にバランスのよい優れた学芸員が多いのかな。ふとそんなことを思いました。

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