アーティストの尊さをわたしは知っている
Xでこんなポストをしました。
「自分がやりたいこと」と「人から求められること」の重なる部分を仕事にすれば上手くいく。そりゃそうでしょうが理想論ですよね。
どちらかを選べとなった時に、処世術としては求められることを選ぶのが正解なんでしょうが、そこで自分がやりたいことの方を選ぶ。それがアーティストかなと。
わりと本質を言い当てている気がしています。あなたはどちらですか。それとも、激レアな両方を兼ね備えたポジションですか。
「人から求められること」というのは、言い換えれば「需要があること」「社会から必要とされていること」「解決した方がいいこと」です。
シンプルな話、誰かが「やってほしいなぁ」と思っていることをやってあげて報酬をもらうのが仕事ですから、「求められること」をしていれば少なくとも路頭に迷うことはありません。学芸員をやっていても、美大教員をやっていてもヒシヒシと感じますが、文化がお金にならない、というのはこれと表裏の話ですね。
さて、先のポストで「自分がやりたいこと」を選ぶのがアーティストだと言いましたが、もう少し掘り下げると、アーティストは、世の中に現時点では必要とされていないものを自らの意志で生み出して、さらにそれに人から価値を見出してもらわなくてはいけません。なんて困難な道のりでしょう。
だからこそ、尊いと私は思ってしまいます。応援しなければ、と無条件に思ってしまいます。
ここで、ちょっとだけ自分語りいいですか。「自分がやりたいこと」と「人から求められること」についての話です。
実は私、高校生の頃「美大に進むっていいな」と思った時期があります。真剣に進路として考えるよりももっと手前の思いつきレベルですし、美大に入れるような腕前があったとかそういう話でもないです(我ながら予防線はりまくってるな)。とりあえず美大を目指すとなると、予備校にどうやら行く必要があるらしいということがわかりました。
そんなこと考えるからには美術部だったのかと言えば、全然ちがってラグビー部でした。バリバリの体育会系です。部活は毎日あるし、かなりハードだったので、予備校に通うとなると部活は辞めないとな、と考えました。
で、意を決して顧問の先生に「退部したいです」という話をしたわけです。ドキドキしたなぁ。そうしたら指導室みたいなところに呼ばれ、マンツーマンでこんこんと説得されました。「とにかくラグビー部にはお前が必要だから辞めないでほしい」という感じで。
で、私はどうしたかというとあっさり退部を取りやめました。なぜなら、その先生がめっちゃ怖かったからです(笑)。元ラガーマンででかくて、しかもきれると容赦なくぶん殴るという恐ろしさ(私はやられたことはないけど、ヘラヘラ練習してる部員がぶっ飛ばされることはありました。すごい時代ですね)。これ以上ごねたらヤバいと直感的にそう思ったわけです。
でも正直、まっすぐ必要としていると言われたのもうれしかったのです。おじさんとなった今は何の自慢にもなりませんが、当時は部内で一番足が速く、運動神経がよかったので、その先生の引き留めてくれる言葉は本心だったと思います。結局3年の夏に引退するまでラグビーは続けました。
昔話をしてしまいましたが、何を言いたいかというと、これは私が「自分がやりたいこと」よりも「人から求められること」を選んだ原体験なのです。まぁ、そこであっさり退部をとりやめるぐらいですから、美大への気持ちなんて「なんとなくカッコいい」という程度の軽いものだったことは否定できませんけどね。
時は流れ流れて、40代の私。振り返れば、今まで「自分がやりたいこと」と「人から求められること」のどっちつかずでふわふわ生きてきてしまったように思います。幸運にもわりと好きなことの近くで生きることができていますが、それは結果論で「自分がやりたいこと」の方を覚悟を決めて選んだことはほぼありません。原体験の時からそれは変わらないわけです。
(しいて言うならこの時↓は「自分がやりたいこと」を選んだかな)
別に後悔しているわけではなくて、自分はそういう生き方しかできなかったんだからそれはそれでいいと思っているのですが、自分がそんなだからこそ、やりたいことを選びとったアーティスト(過去の人も今の人も基本全員)に尊さを感じ、応援したいと思ってしまうのでしょう。最初の話に戻るわけです。
どうやらこれが、私が美術の周辺で生き続けている理由のようです。何気なくXのポストを考えていたら、案外自分の根っこのようなところにたどり着いてうれしい今日この頃。
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