アーティストと会えるのは学芸員の特権じゃないよ
どうも。小さな美術館の学芸員です(バックナンバーを見ていただければ、だいたいどんな人間かわかるかと)。
さてさて、いま働いている美術館に来る前も、私は別の美術館の学芸員でした。
美術館が変われば、コレクションが変わります。
学芸員は、作品があってこその仕事なので、コレクションが変わればやることも変わります。
私の場合、何よりも大きかった変化とは、今の美術館に移って、現役作家とも仕事をするようになったことです。これはインパクト大でした。
大学では、日本の近世絵画を研究テーマとしていたと前にチラッと書きましたが、学芸員になってからも、中世、近世、近代と時代は色々でしたが、共通していたのは物故作家の作品を扱っていたことです。
残されているのは作品のみ。だから作品が何を語るか、徹底的に耳を傾けるしかありませんでした。
それでも、分からないことがあります。というか分からないことだらけでした。

なぜ尾形光琳は、《燕子花図屏風》(根津美術館蔵)であそこまで無駄なものをそぎ落とした空間を描けたのか。かっこよすぎるでしょ。

なぜ伊藤若冲は、《樹花鳥獣図屏風》(静岡県立美術館蔵)で「升目描き」と呼ばれるモザイク画のような前代未聞の描き方をしたのか。残された同種の作品で、本当に若冲が手がけたのはどれなのか。

なぜ円山応挙は、あんなに可愛らしい子犬ばかり描いたのか。
分からないからこそ、研究者たちは喧々諤々(けんけんがくがく)、作品分析や資料解析から持論を展開するわけです。作者(絵師)が自分の制作について語っている文献資料があれば一番良いのですが、そんな都合がいいものは滅多にないので(応挙の言葉をのこした『萬誌』などは超絶貴重)、作者が誰それに宛てた書状の一文から、必死に意味を見いだしたり、気分はまるで刑事か探偵です。
そして研究者は誰しも一度は思うのです。「あぁ、直接本人に会って聞きたい!」と。
想像すると楽しいですよね。「いや、あの絵わしが描いたんじゃないし。あんな下手なわけないじゃろ」とか「え、琳派?わしの名前から一字とったの?そりゃ面白い」とか、盛り上がりそうじゃないですか。
まぁ、そんなのが当たり前だったわけですが、なんと現代アートは作家が生きているんですよ。「え、この絵どうやって描いたんですか?」「この作品のコンセプトは?」とか直接聞けるんです。
この衝撃わかりますかね?
アイドルはブラウン管越しにながめる高嶺の花だった時代に、突如「会いに行けるアイドル」としてAKBが登場した時の衝撃、とでも言えばいいんでしょうか(知らんけど)。
さて、この作家(アーティスト)と会って話せる、というのは別に学芸員の特権じゃありません。そりゃ世界的な著名アーティストとなると難しいですが(私も会えん)、多くのアーティストは、美術館以外でもギャラリーや画廊で個展をよく開いていて、かなりの確率で展示期間中は在廊しています。
敷居が高く感じるかもしれませんが、だいたいの人は語りたくてうずうずしてるので、ふらっと行ってみるのもいいですよ。
バックナンバーはここで一覧できます(我ながら結構たくさん書いてるなぁ)。
