美術館をプライシングで考える/入館料はいくらが妥当なんだろう?
あなたは、美術館の入館料っていくらぐらいが妥当だと思いますか?
そう、年々膨らむ私の疑問。うちの美術館は、はたして今の入館料でいいんだろうか?
知れば知るほど、プライシング(値づけ)は奥が深いです。
うちの美術館は、展覧会によって多少変動しますが、基本料金は決まっています。その料金に決まった経緯がそもそも結構適当で、マーケティングなんて概念がない人たちが集まって「ま、いくつかの館調べたけど平均的にこれぐらいだったし○○円ぐらいか」といった感じで決めたので、本当にそれでいいのか疑問なのです。
うちのような小さい美術館ではあり得ないけど、もし仮にですよ、プロのコンサルが運営に入っていたとしたら、どんな風に考えるんだろうと想像するのも楽しいものです(こんなことを考える学芸員は、ちょっと珍しいかも)。
価格を決めるために、一体どんなことを考えるべきなんだろう?
そんなことを知りたくて、昨日一冊本を買いました(一冊だけかい!)。
一冊読んだからと言って、すぐに答えが出るわけではないので、今回は備忘録的にまとめておいて、今後折につけ考えていきたいです。あ、みなさん、noteをアウトプットとして使うの、めちゃめちゃオススメです(ただ読むだけと比べて、腹落ち感が違います)。
以下、気になった箇所の抜粋とそこからの考察です。
価格とは何か。それは、売り手と買い手の合意によって決められた商品の価値である。つまり売り手側(美術館)一方の論理で決めても、合意は得られない。買い手(来館者)に納得してもらえない。
購入のプロセスで行われていること。それは、買い手がその商品から得られると想像する価値を鑑みて、その価格が妥当だと判断して購入するという流れ。
だから重要なのは、買い手がその商品(美術館で言えば展覧会の鑑賞体験)にどんな価値を感じるかを分析すること。本来、値付けはそこから始めるべき。
もちろん、商品の原価から計算して(コストベースのプライシング)、これ以上は下げられない額が売り手側にはある。でも買い手がその額ではどうしても納得できない場合はどうすればいいか。
買い手にとっての「払ってもいい額」が、売り手の「売ってもいい額」にどうしても達していない場合は、買い手の「払ってもいい額」を引き上げる工夫が必要とのこと。それは商品の見せ方、コミュニケーション、サービスの改善など。
「払ってもいい額」は、あくまで買い手の価値観。商品のすばらしさと直結するのではなく、買い手の心理によって決まる、と考えるべき。
場所によっても、提供される空間や時間によっても、つまりそこで得られる体験が違えば、買い手が感じる価値も違う。
たしかにそれはあるなぁ。例えば自分の家のすぐ隣にあって、いつでもいける美術館が入館料1,500円だと言われたら「げ、高い」と思うでしょうし、逆に電車を乗り継いでわざわざ行った美術館の入館料が500円だったら、安すぎて自分がわざわざ時間をかけただけの価値がないのでは、とモヤモヤした気分になる、みたいな。
買い手は、価格を売り手からのメッセージとしてとらえる。そしてそのメッセージを信じて購入し、納得すれば関係は深まる。逆に納得いかなければ、裏切られたと感じる。ふむふむ、「うちは気軽にふらっと立ち寄れる美術館ですよー」なのか、「緊張感をもって一点一点かみしめて鑑賞してもらうような美術館ですからね」なのか、価格によって伝えることができるというわけですね。
とにかく買い手の目線が、値づけに不可欠であるということが分かりました。
プライシングは合意形成のプロセスであり、そこには売り手と買い手のコミュニケーションがあるという一文もありました。
繰り返しになりますが、売り手(美術館)が本当に考えなければいけないのは、買い手がどんな価値を求めているのか、なんですね。
ここまできて、はたと思いつきました。入館料を考える基準として、比較すべきははたして他の美術館なのだろうか?
休日の午後をちょっと充実した時間にしたいな、という気持ちを満たすことが求められている価値だと仮定したら、そのライバルは他の美術館ではなく、近隣のスタバかもしれません。いやー、そう考えると面白いですね、価格を考えるって。
うちの美術館が、どんな価値を提供するのか、そんな根本的な問いにぶつかりましたよ。今後も引き続き、つらつら考えてみたいと思います。
参考
『新しい「価格」の教科書ー値づけの基本からプライステックの最前線まで』松村大貴(ダイヤモンド社、2021年)
バックナンバーはここで一覧できます(我ながら結構たくさん書いてるなぁ)。
