秘仏に学ぶ「見せない」ブランディング〜日本美術のプレミアム感の作り方〜
【「モナリザ級」定番はどこ?】という日経電子版の記事を引用した、以下のXのポストにわりと反応がありました。
こと日本絵画に関しては、紙、糊、染料などの素材による脆弱性が、油絵とは比べようもないので、むしろ「秘すれば花」の精神で堂々とプレミアム感を出していく方がいい気がします。
こと日本絵画に関しては、紙、糊、染料などの素材による脆弱性が、油絵とは比べようもないので、むしろ「秘すれば花」の精神で堂々とプレミアム感を出していく方がいい気がします。 https://t.co/L3UDp1L9MJ
— ちいさな美術館の学芸員 (@gakugei_in) March 8, 2026
このところ立て続けに、収蔵品の廃棄について、外国人の入場料二重価格について、そして収益を挙げない施設の再編検討について、など日本の美術館・博物館関連の話題が続いていたので、色々思うところがある人が多いのでしょう。
ポストの内容には共感してくれる人が多かったようです。せっかくなので、ここから思いつくままに話を展開したいと思います。
《モナ・リザ》に匹敵するもの、と言われてしまうと、まぁ自然と絵画を連想しますよね。ただ、言うまでも無く、日本絵画は油彩画のように堅牢ではありません。ルーブル美術館のように年中掛けっぱなしにすることなんてできません。
そもそも国宝指定されていたら、文化庁の厳格なルールで年間公開日数は限定されてしまいますからね。
というわけでポストした通り、「秘すれば花」作戦の方がいいのではと思うのです。「いつでも見られる」ではなく「いつでも見られるものではない」ことでプレミアム感を出すという方法です。
実は、日本はとうの昔からこの方法を使っているんですよね。はい、秘仏というやつです。
お寺の本尊の仏像が厨子の中に安置されて、1年に数日、または数年に1回だけその扉が開けられるというものです。未来永劫見ることを許さない、お寺の住職であっても見ることはできない、もはや本当にあるのかどうかもわからない、そんな「絶対秘仏」もあります。
仏教は日本発祥ではありませんが、この秘仏文化は日本特有です。神仏習合によって姿を見ることができないという神様のイメージが混ざった結果でしょうが、隠すことで神聖さが増す効果が顕著にあったからこそ日本全国に秘仏という風習が広がったと言えます。
興味深いのは、秘仏扱いされている仏像は、美術史的な観点からすれば必ずしも優れた仏像ではないという点です(もちろん東大寺法華堂の執金剛神像のように重要な秘仏もあります)。
でも秘仏としてプレミアム感が増し増しになっているため、いざ開扉となると話題となり多くの人が訪れ、みな大満足で帰っていきます。
公開を限定する秘仏を見ると、保存効果は抜群であることがわかります。先ほど挙げた執金剛神像も、浄瑠璃寺の弁財天像も当初のウブな彩色がまだまだ残っています。常時公開していたら、とっくに色は消え失せていたはずです。
この秘仏の事例を考えると、どうひっくり返っても油彩画と同じことはできないのですから、これぞという作品(それを何にするかは大問題ですが)は毎年この期間だけ公開することにした方がいいと思うのです。
そこで大事なのは、公開期間をしっかり固定にすることでしょうね。MOA美術館の《紅白梅図屏風》が毎年2月に、根津美術館の《燕子花図屏風》が毎年5月に公開されるように、この作品はこの時に日本に行けば必ず見られる、という認識が定着すればおのずとそれにあわせて来日するようになるのではないでしょうか。
そもそも目玉にするのは絵画でなければいけないのか。また、日本美術にはたしてモナ・リザ級の作品はあるのかどうか。このあたりにも触れたいと思うのですが、長くなりそうなので一旦ここまでにしましょう。
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