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ここらへんの史跡をゆく⑰~徳川美術館

3日ほど部屋に籠っていたら、無性に外の空気が吸いたくなった。
「昼飯おごるから」と細君を誘い、名古屋市東区にある徳川園に行った。

名古屋城から3km東にある徳川園は、徳川御三家筆頭である尾張徳川家二代藩主光友が隠居所として造営した大曾根屋敷が起源。2004年この場所に日本庭園が開園した。その傍らに1935年に開館した徳川美術館がある。

徳川美術館には、駿府御分物 (家康の遺品) に始まり、尾張徳川家歴代の遺愛品や書籍、その家族が使用した調度品など一万件余りが収蔵されている。

私たちはまず日本庭園を散策、池の畔でしばしの休憩後、開館時間に合わせて美術館に向かった。

徳川園 西の入り口 黒門
龍門の滝 尾張徳川家江戸下屋敷を再現
虎仙橋 園内の渓流を跨ぐ木橋
龍仙湖

* * * *

徳川美術館では、会館90周年記念として「国宝 初音の調度」が10年ぶりに公開されていた。 と、サラッと書いたが、事前調査をせずに行った私たちは、恥ずかしながら「初音の調度」が何なのか全く知らなかった。

結論から言うと‥ 展示品は素晴らしいものばかりで圧倒され魅了された。
私たちは終始「きれい!」「すごーい!」と呟きながら鑑賞した。

「初音の調度」とは何か? 展示品に添えられた説明文に書かれていたこと、買い求めたガイドブックに記されていたこと、家に帰ってからネットで調べたことを、箇条書きする。

・徳川家光が33歳の時に生まれた最初の子供が千代姫(1637-98)。
・度を越えた男色の家光に、策を講じてやっと誕生したのが千代姫。
・生まれてすぐ尾張徳川家嫡男 光友(1625-1700)との縁談が決まる。
・光友/千代姫の結婚は1639年。光友14歳、千代姫2歳6ヶ月。
・男色の家光に世継ぎが誕生することは期待薄だったので、光友を後継として確保する目論見。その後女性に目覚めた(?)家光に、家綱(1641生)、綱吉(1646生)が誕生した為、尾張徳川家からの将軍は実現しなかった。
・「初音の調度」は、千代姫の嫁入り道具。
・誕生直後に幕府から蒔絵師・幸阿弥長重に製作の命が下る。長重は多くの職人を使って制作を指揮。2年で200~300件の婚礼調度を完成に導く。
・そのうち70件が現在まで残っており、全てが国宝。
・これら調度品には、「源氏物語」の第23帖「初音」、第24帖「胡蝶」をモチーフとした様々な意匠が施されている。これが呼び名の由来。
・「年月をまつにひかれてふる人に今日うぐひすの初音きかせよ」という「初音」帖の中の和歌が意匠の中に隠されている(⇩)。  

右が意匠の中に隠されている文字

・千代姫は一度も名古屋の地を踏んでいない。尾張藩江戸市ヶ谷屋敷に輿入れし生涯をそこで過ごす。「初音の調度」が使われていたのも江戸屋敷。
・千代姫の死後、「初音の調度」は尾張徳川家の菩提寺である建中寺(名古屋市東区)の宝蔵に納められた。

* * 

「初音の調度」は、究極の嫁入り道具。金、銀、赤珊瑚を惜しげもなく使い、蒔絵の最高技術を駆使して製作された調度品の数々は、徳川幕府の権勢を形として示している。

ここまで、”付け焼き刃” 極まりない説明をお送りしました。
今回の一挙公開もあと3週間。是非実際にご覧いただきたく存じます。

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約束の昼食は、熱田神宮近く「大和田」のひつまぶしでした。

< 了 >

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