コツを掴んだら終わりだと思っていないか?──コツは“育てるための入口”
コツを掴んだ瞬間、練習は完成に近づくのではなく、
いちばん不安定な時期に入ります。
「分かった」ことが、
もしかすると、練習を止めているかもしれません。
「先生、分かりました。」
レッスンのあと、そう言ってもらえることは、とても嬉しいです。
表情は明るく、
さっきまでより、動きも確かによくなっている。
その瞬間だけ見れば、
たしかに新しい感覚を「掴んだ」ように見えます。
けれど正直に言うと、
その言葉を聞いたとき、
ただ喜ぶだけではいけない、とも感じています。
喜びつつも、
伝えなければならないことがあるからです。
理解した安心感のところで、
練習が終わってしまわないように。
🟢 結論
コツは、ゴールではありません。
練習が“育ち始める”スタート地点です。
分かった瞬間がピークなのではなく、
そこから先が、本当の練習です。
コツ=「できるためのもの」ではない
多くの人は、無意識のうちに、
こんな順番で練習を考えています。
コツを掴めばできる
できればOK
できたら次へ
コツを掴んだことで、
以前よりできるようになるのは事実です。
まずは、それを喜ぶことも大切です。
ただ、しばらくすると、
また同じところで壁にぶつかる。
そんな経験はないでしょうか。
それは、
コツを少しだけ、過大評価しているからかもしれません。
「できた=完成」
そう捉えてしまうと、
達成感のところで、思考が止まりやすくなります。
こう考えてみてください。
コツを知る=
できるようになるための“道”を見つけた。
「コツを掴んだ」とは、
完成に向かう正しい道の、
スタートラインに立てた状態です。
それ自体が、完成形ではありません。
だからこそ、
研鑽する楽しさがあり、
練習は、飽きずに続いていきます。
「踵をつける」のではなく「踵がつく人になる」
たとえば、
「ダウンドッグで踵がつかない」人が、
コツを教わったとします。
そのレッスン中に、
一度、踵がついた。
でも、レッスンが終わると、
またつかなくなる。
コツを思い出して練習すれば、
また、つく。
けれど、その場だけ。
それでは、
いつまでも
「本気を出せばできる人」のままです。
それは、
コツを知ってできることを、
ゴールだと捉えているから。
コツを知って、できるようになることは、
スタートです。
コツのおかげで、
今までと違う景色を、
一瞬、覗くことができただけ。
腹筋から足元への、つながり方
足首が抜ける感覚への、納得
踵ではなく、土踏まずに乗る感覚
それらは、
ダウンドッグ専用のコツではありません。
すべてのポーズに、
そして、日常の動きすべてに、
つながってくれる可能性を秘めたものです。
ダウンドッグの時だけじゃない。
戦士のポーズの足元も安定するし、
日常でしゃがんだ動きが楽にもなります。
大切なのは、
「踵をつけること」そのものではありません。
踵が“つけられる状態”が、
身体の中に育っているかどうか。
ダウンドッグは、
それに気づくための、
きっかけだっただけなんです。
ここから、少し科学の視点でも考えてみましょう。
分かった瞬間は、いちばん不安定
運動学習の研究では、
新しい感覚を掴んだ直後は、再現性が安定しにくく、
動きの揺らぎが見られやすい時期だと考えられています。
経験上でも、「分かった」と油断することで、
せっかく得たものを失うケースを多く見てきました。
少しできたことで、
意識が外れる
確認しなくなる
動きが雑になる
すると、身体はすぐ、
元の癖に戻っていきます。
これは、
意志が弱いからではありません。
身体にとって、
その動きは、まだ「仮置き」だからです。
だからこそ、
分かった「あと」こそが、
練習の本番になります。
なぜ、人は入口で止まってしまうのか
教育や学習の世界では、
「分かったつもりだけれど、
実際には、まだ使えない状態」
が、頻繁に起こることが知られています。
頭では理解している。
でも、身体では使えない。
説明しようとすると、言葉に詰まる。
やろうとすると、動きが崩れる。
そのとき、はじめて、
──ああ、
まだ入口だったんだな。
と、気づきます。
けれど多くの場合、
そこに至る前で、止まってしまう。
「分かった」という感覚が、
あまりにも、気持ちいいからです。
コツが“転移”するとき、練習は育つ
「学習の転移」という考え方自体は、
運動や教育の分野では、すでに広く共有されているものです。
あるポーズで掴んだ感覚が、
別のポーズでも、
ふと使えるようになる。
そんな瞬間はないでしょうか。
それは、
形ではなく、
仕組みに触れたサインです。
逆に、
そのポーズだけはできるのに、
他ではまったく使えない。
それは、
「その場専用のコツ」で止まっている状態。
分かってはいる。
でも、まだ、深くは届いていない。
コツをゴールだと思っていると、
この違いに、なかなか気づけません。
でも、
コツを入口だと思っている人は、
自然と、こんな問いを持ち始めます。
──なぜ、ここでは使えないんだろう?
この問いが生まれた瞬間、
練習は「反復」から「育成」に変わります。
この過程そのものがヨガの魅力でもあります。
気づきそのものが、ヨガ
ヨガの練習で起きていることは、
できる・できない、よりも
気づいているか・いないか。
なぜ今日は楽だったのか
なぜ今日は重かったのか
なぜ、さっきは崩れたのか
こうした問いが生まれている状態そのものが、
もう、ヨガです。
完成していなくていい。
深まっていなくてもいい。
気づこうとしているなら、
それはもう、練習になっています。
🌿 今週の小さなワーク
今日は、
「腹筋の引き込み」を通じて、
ひとつのコツが発展していくことを実感してみてください。
※ これは「うまくできるか」を試すワークではありません。
感覚が、どこまで持ち越されるかを見るためのものです。
① スネにブロックを挟んで脚上げ腹筋をする

少し浮かすだけでも大丈夫です。
ブロックは内ももだけでなく、大転子ごと挟むイメージがよいです。
スネでヨガブロックを挟むことで、内ももから腹筋までの力の流れが感じられるようになります。
ここで感じた力の流れを起き上がり腹筋に活かします。
② ブロックを挟んで腹筋をする

足をもってもらえば腹筋で起き上がれる人には助けになる方法です。
母指球から小指球のラインで壁を、踵で床を押しながら起き上がります。
脚上げ腹筋でつかんだ力の流れを意識しつつ行いましょう。
上がれない人は、起きた状態からゆっくり下す練習をすると、しっかりと鍛えられます。
③ ネコのポーズからダウンドッグへ

ブロックを挟んでネコのポーズからダウンドッグへ。
ポーズをとった時に腹筋の引き込みが強くなるのを確認しましょう。
腹筋そのものの練習をしなくても、感覚をしっかりとつかむことができれば
ポーズの中でも腹筋が鍛えられることを実感してください。
④タダーサナへ

腹筋、ダウンドッグでつかんだ感覚をタダーサナへ。
ただ立つという行為の洗練、日常生活とのつながりを洗練を意識的に行いましょう。
腹筋のための腹筋にならない経験をしてください。
完璧でなくてもいいので、タダーサナが
いつものタダーサナと違う感覚がすれば十分です。
📺 今週のYouTube
この記事の内容を、実際の動きで確かめたい方へ。
👉【腹筋で起き上がれない人へ】腹筋のコツをつかむだけでは、身体は変わらない|練習の誤解②
https://youtu.be/wSQ8yBynMcc
目次
00:00|オープニング
00:43|腹筋で起き上がる前の基本の感覚作りについて
02:37|基本の感覚を活かして腹筋で起き上がる練習をしよう
04:34|腹筋で起き上がる感覚を活かしてポーズを練習してみよう
07:24|ポーズで腹筋を使えたなら日常生活でも腹筋を意識していこう
練習は「積み上げ」ではなく「育成」
多くの人は、練習を、
できた数
完成度
形の正しさ
で測ろうとします。
でも、本当に育っているかどうかは、
感覚が変わってきているか
環境を整えられるようになっているか
自分を観察できているか
こちらに、現れます。
コツは、その入口。
入口で満足せず、
中に入っていくこと。
それが、練習です。
おわりに
「分かった」と思えたことは、
本当に、素晴らしい。
でもそれは、
終わりではなく、
ようやく対話が始まったサイン。
この1週間は、
「分かったあと、私はどうしているか」
を、ほんの少しだけ、
観察してみてください。
練習の景色が、
静かに変わり始めるはずです。
ヨガの実践と日常とのつながりを、より知りたいと思った方へ。
日曜|日常と身体をつなぐnote
練習で増えた“気づき”が、日常でどう現れるか。
火曜|身体と心を問い直すnote
「深まったつもり」を疑い直す、思考の整理。
金曜|身体を整える実践note(YouTube連動)
今回のような練習記事を中心にまとめています。
📚 参考文献(傾向を示唆する研究として)
※以下は、特定の方法や結果を「証明」するためのものではなく、
本記事で述べた考え方と響き合う傾向を示した研究として挙げています。
本稿の主張は、これらの研究知見に加え、
筆者自身の20年以上にわたるストレッチ・ヨガ・少林寺拳法の指導経験
から得られた実感をもとに構成されています。
■ 運動学習と「揺らぎ・探索」
López-Fernández, M., Sabido, R., Caballero, C., & Moreno, F. J. (2025).
Relationship between initial motor variability and learning and adaptive ability: A systematic review.
Neuroscience, 565, 301–311.
https://doi.org/10.1016/j.neuroscience.2024.10.052
→ 学習初期に見られる運動の揺らぎ(motor variability)が、
一部の課題では探索や適応と関係する可能性を整理した系統的レビュー。
ただし因果関係は限定的であり、解釈には慎重さが求められる。
■ 「できた感覚」と学習の定着
He, K., Liang, Y., Abdollahi, F., et al. (2016).
The statistical determinants of the speed of motor learning.
PLoS Computational Biology, 12(9), e1005023.
https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1005023
→ 主観的な「うまくできた感覚」や一時的な成功体験が、
学習速度や定着と必ずしも一致しないことを示した研究。
初期の成功と長期的な学習は別の側面を持つ可能性を示唆している。
■ 形ではなく「身体内部の使い方」の探索
Singh, P., Jana, S., Ghosal, A., & Murthy, A. (2016).
Exploration of joint redundancy but not task space variability facilitates supervised motor learning.
Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(50), 14414–14419.
https://doi.org/10.1073/pnas.1613383113
→ 動作結果(形)のばらつきよりも、
関節や身体内部の使い方(冗長性)の探索が、
運動学習を促進する可能性を示した一次研究。
「特定の形だけできる状態」と「汎用的に使える状態」の違いを考える手がかりとなる。
■ 学習の転移(Transfer)
Sala, G., & Gobet, F. (2023).
Cognitive Training: A Field in Search of a Phenomenon.
Perspectives on Psychological Science.
(PMC Open Access)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9903001/
→ 認知・技能学習研究を幅広く整理し、
いわゆる「広い転移(far transfer)」は限定的で、
多くは「似た範囲の転移(near transfer)」に留まりやすい、
という慎重な見立てを示している。
本文で述べた「転移して初めて育つ」という見方と、
矛盾しない背景として参照できる。
