昔のMMOは、AI時代に帰ってくるのか――ソシャゲの次にあるゲームの形|TCTノート 番外編

最近、『ヴァンピール』を遊んでいる。

Lv60を越えたあたりから、メインクエストはなかなか大変になってきた。

敵を倒して、HPを見て、危なくなったら止める。

回復したら、また進める。

そんなことを繰り返していたら、ふと思った。

僕はこれを、どこかでやったことがある。

以前遊んでいた『HIT : The World』だ。

HITでは、最終的に神話アバターと神話ペットまで手に入れた。

そこまで、だいたい1年くらいかかった。

楽しかった。

だから1年も遊んだ。

でもヴァンピールを遊んでいると、ときどき既視感がある。

また育成する。

戦闘力を上げる。

アバターや乗り物を集める。

より強い敵を倒す。

そして、さらに上を目指す。

もちろんゲームは違う。

でも、

「もしかして僕は、また同じ山を登り始めているのではないか」

と思った。

そこから、最近のMMOについて少し考えてしまった。


昔のRvRは、もっと気軽だった気がする

僕はファミコン世代だ。

家庭用ゲームからPCゲームへ行き、オンラインゲームが登場して、MMORPGも遊んできた。

初代AIONやMaster of EpicのようなMMORPGも遊んだ。
一方で、ファンタジーアースやガンダムオンラインのような、大人数で戦うオンラインゲームも遊んだ。

ジャンルもゲームシステムも違う。

でも、僕の記憶の中では一つ共通しているものがある。

大人数の戦いに、野良の一人として割と気軽に混ざれたことだ。

「戦争やってるから行ってみるか」

それくらいの感覚で参加できた。

強い人もいたし、上手い人もいた。
それでも、まず戦場に入ること自体の敷居はそれほど高くなかった。

知らない人たちが大勢いる。
自分はその中の一人。

固定パーティーを組まなくてもいい。
誰かに誘われなくてもいい。

大勢の中の一人として参加すること自体が、オンラインゲームの遊びになっていた。


一人で遊びたい。でも、一人しかいない世界は嫌だった

今になると、自分がMMOに何を求めていたのか少し分かる。

僕は必ずしも、知らない人と積極的に会話したいわけではない。

むしろ今では、野良PTの募集へ入るのにも少し勇気がいる(笑)。

「よろしくお願いします」

と入って、

ギミックを覚えて、

失敗して他の人に迷惑をかけないようにして。

昔なら平気だった気がするが、今は仕事が終わった後にそこまで気合いを入れたくない日も多い。

でも、完全な一人用ゲームだけを求めているわけでもない。

大勢でボスを殴る。

大勢で戦場へ行く。

知らない人と同じ方向へ走る。

そういう、

「世界に他の人がいる感じ」

は、やっぱり好きなのだ。

一人で遊びたい。

でも、一人しかいない世界では少し寂しい。

たぶん僕がMMOに求めていたのは、そのくらいの距離感だった。


いつから大規模戦の敷居は高くなったのだろう

最近のMMOを遊んでいると、昔とは少し違って見えることがある。

特にHIT : The Worldやヴァンピールのようなゲームだ。

キャラクターを育てる。

アバターやペット、乗り物などを集める。

装備を強くする。

コレクションを埋める。

そして戦闘力という数字が上がっていく。

その戦闘力を持って、ギルドやクランに入り、PvPや占領戦などへ向かう。

ここで面白いと思った。

昔の僕の感覚では、

「戦争があるから参加する」

だった。

今のタイプでは、

「戦争で勝つために強くなる」

という意味が、より大きくなっているように見える。

似ているようで、少し違う。


RvRが「育成の出口」になった

これはゲーム会社から見ると、とても合理的な仕組みなのかもしれない。

強くなりたい。

戦争で勝ちたい。

強いギルドに入りたい。

ランキングを上げたい。

そのためにキャラクターを育てる。

育成を速くしたければ、課金という選択肢もある。

つまり大規模PvPやギルド戦は、単なる遊びではなく、

「なぜ強くなる必要があるのか」

という答えにもなっている。

昔のRvRでは、戦争そのものが目的だった。

今の一部のMMOでは、戦争が育成の目的になり、育成が課金にもつながる。

大規模戦の面白さと収益モデルが、うまく接続されたとも言える。

その代わり、戦闘力が低い人から見ると、参加の敷居が高くなる。

上位ギルドへ行くには戦力が必要。

戦争へ行けば戦力差がそのまま見える。

「とりあえず戦場へ行ってみるか」

という昔の気軽さは、少し失われたようにも感じる。


ソシャゲの仕組みとMMOが出会った

HIT : The Worldからヴァンピールへ移ってきたプレイヤーを見ていると、僕にはもう一つ感じることがある。

これはMMOであると同時に、

ソーシャルゲーム的でもある。

アバター。

ペットや乗り物。

コレクション。

期間限定の商品。

召喚。

積み上がっていく戦闘力。

そして新しいゲームが始まれば、また新しい競争が始まる。

長期間、一つの仮想世界に住み続ける昔のMMOとは、少し時間感覚が違う。

もちろん何年続くかはゲーム次第だし、短期運営を前提にしていると断定するつもりはない。

ただプレイヤーとして見ていると、

初期の熱量が高いうちに成長競争が起こり、その競争が収益にもつながる

という構造はかなり強く感じる。

ソシャゲが長い時間をかけて磨いてきた収益モデルを、MMOが取り込んだようにも見える。


では、昔のMMOはもう成立しないのか

そこで気になるのがAION2だ。

僕は初代AIONを遊んでいたので、当然気になる。

最初に見た印象では、

「THRONE AND LIBERTYの延長線にある現代型MMOなのかな」

とも感じた。

PCを中心に置き、装備を集め、ダンジョンへ行き、取引経済がある。

昔のAIONをそのまま現代に持ってきたわけではないだろう。

それでも「AION2」という名前で、もう一度かなり本格的なMMOを作ろうとしていること自体が面白い。

もし昔型のMMOが採算的に難しくなったからソシャゲ型へ移っていったのだとすれば、

なぜ今、もう一度こちらへ戻ろうとしているのだろう。

そんな疑問が出てきた。


そこで、AIなのかもしれない

これは完全に僕の仮説である。

もしかするとAIが、ゲームを作る側のコスト構造を変え始めているのではないか。

ゲーム開発には、とてつもない量の作業がある。

実装。

テスト。

QA。

ローカライズ。

大量のテキスト。

アセット制作。

バランス調整。

運営。

ユーザー行動の分析。

不正対策。

その全部をAIがやってくれる、などという話ではない。

でも、その一部でも人間の作業を補助できるようになれば、同じゲームを作るために必要な時間やコストは下がるかもしれない。

もしそうなら、昔は採算を取るのが難しくなっていたゲームデザインが、もう一度成立する可能性もある。


「一人からたくさん取る」以外の道が戻ってくる?

開発・運営コストが高ければ、当然どこかで回収しなければならない。

成長競争を作る。

強くなりたいと思わせる。

そこへ課金を結びつける。

これは非常に合理的だ。

でもAIによって制作や運営のコストが下がるなら、

一人のプレイヤーから短期間に大きく回収しなくても成立するゲーム

を作れる余地が増えるかもしれない。

そうなれば、

毎日何時間も拘束しない。

ガチギルドへ入らなくてもいい。

普段は一人で遊べる。

でも、ときどき大勢が集まる戦争がある。

弱くても、その中の一人として参加できる。

そんな昔のMMO的な遊び方が、別の形で戻ってくる可能性もある。

もちろん、そうなる保証はない。

ただ、技術が進歩した結果、最新のゲームが昔のゲームデザインへ戻れるとしたら、それはちょっと面白い。


しかも、ゲームの競争相手まで変わってきた

もう一つ気になることがある。

ソシャゲそのものも、以前ほど圧倒的な存在ではなくなってきたように感じる。

スマートフォンで暇な時間ができたとき、今はゲームだけが選択肢ではない。

マンガを読む。

動画を見る。

SNSを見る。

そして最近では、生成AIと話す。

実際、僕自身がそうだ。

ゲームをしていたはずなのに、

「なぜ最近のMMOはこういう作りなんだろう」

と疑問に思って、ChatGPTと話し始める。

すると、

昔のRvR。

ソシャゲの収益モデル。

ゲーム開発費。

AI。

そんなところまで話が広がってしまう。

気づけば、ゲームをするはずだった時間をAIとの会話に使っている(笑)。


奪い合っているのは、お金より「余暇」なのかもしれない

そう考えると、今のゲーム会社が競争している相手は、別のゲーム会社だけではない。

動画もマンガもSNSもAIも、

人間の余った30分

を取り合っている。

これは結構大きな変化なのではないかと思う。

ソシャゲは、スマートフォンの普及とともに「ちょっとした空き時間」を取ることに成功した。

でも今、その場所には大量のサービスがいる。

さらに生成AIは少し特殊だ。

用意されたコンテンツを見るだけではなく、自分が興味を持ったことを、その場で延々と掘っていける。

そうなると、

「毎日この日課を全部やってください」

というゲームは、以前より重く感じられるかもしれない。


次のMMOは「長く、緩く住む世界」になるのか

もしそうなら、これからのMMOに必要なのは、

プレイヤーを毎日何時間も拘束することでも、

短期間に強い課金競争へ入れることでもなく、

生活の中に長く、緩く残ること

なのかもしれない。

普段は一人で遊ぶ。

忙しければ遊ばない。

久しぶりに入っても追いつける。

でも世界には他の人がいる。

大規模ボスが出たら、知らない人と一緒に殴る。

戦争が始まったら、とりあえず参加する。

上手くなくても、大勢の一人として役に立てる。

それなら僕も遊びたい。


ファミコン世代から見る、次の一周

ゲームはずっと新しくなってきた。

ファミコン。

オンラインゲーム。

MMORPG。

ソーシャルゲーム。

スマートフォンMMO。

そして生成AI。

でも、ずっと進化してきた結果、

昔好きだった遊び方が、別の形で戻ってくる

こともあるのかもしれない。

昔のMMOがそのまま帰ってくるとは思わない。

僕自身、もう昔と同じ遊び方はできない。

野良PTへ入るのにも少し勇気がいるし、毎晩何時間もゲームに張り付くのも難しい。

だからこそ、

昔のMMOの「大勢の中へ気軽に混ざれる楽しさ」と、現代の「一人でも自分のペースで遊べる気楽さ」。

その両方を持ったゲームが出てきたら面白い。

AION2がそうなるのかは、まだ分からない。

別のゲームが答えを出すのかもしれない。

あるいは、そんな時代は来ないかもしれない。

ただ、HIT : The Worldからヴァンピールへ来て、また同じようにキャラクターを育て始めたことで、そんなことを考えるようになった。

ソシャゲの次に来るゲームは何なのか。

その答えを作るものの一つが、もしかするとAIなのかもしれない。

ファミコンからゲームを見てきた人間としては、

次にゲームがどちらへ曲がっていくのか。

もう少し見ていたいと思う。

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